世界のファインダイニング by 江藤詩文

第29回 気候風土と共に生きる料理人のユートピア シェフズ・テーブル by Katsuhito Inoue「ザ・リッツ・カールトン京都」後編(京都市)


料理人と食べ手、どちらも幸福になる「シェフズ・テーブル by Katsuhito Inoue」を実現した、エグゼクティブ イタリアン シェフの井上勝人さん。前編では、私が体験した夢のような時間を紹介しました。

「ホテルのレストランの強みを生かしてできることがあります」と井上さんが言うように、こんな世界観をつくるは、独立系のレストランにはほんとうに難しく、ホテル、それもラグジュアリーホテルだからこそなし得たことです。

でも。それだけじゃない。実は井上さんは、夢をシェアして周囲を巻き込み、チームを組み上げるのがとてもうまい人なのです。たとえばトップ画像の専属庭師の鈴木耕喜さんもサポーターのひとりです。

ディナーを体験した翌日、こちらも井上さんの夢に巻き込まれたひとり、江戸時代から続く京野菜農家「石割農園」の石割照久さんを訪れました。

(石割農園・石割照久さんが暮らす風格ある日本家屋)

石割家は30代以上続く由緒正しい家柄で、石割さん自身は分家の10代め。朝採れの京野菜のほか、プロの料理人からのニーズが高いヨーロッパ野菜やハーブなど、年間で百数十種類の野菜を育てています。

この日、井上さんが目をとめたのは、近ごろ東京でもよく見かける「プンタレッラ」の花。
「花は風味があるけれど、あっという間にしぼんじゃうのよ」(石割さん)
「えっ、ということはお客様が召し上がる直前に採ればお出しできますよね、ねっ」(井上さん)
「も〜、しょうがないなぁ。じゃあまず料理に使えるか、ちょっとやってみなよ」(石割さん)
みずみずしいプンタレッラの花を抱えて、井上さんはほくほくと嬉しそう。ここからまた新しい料理が生まれるのでしょうか。

(京野菜の種類豊富なとうがらしや青みかんが旬を迎えていました)

よそ者が溶け込みにくいともいわれる京都で、縁もゆかりもなくゼロからスタートして、いまや作り手にも愛されている井上さん。

「普通、ホテルのシェフはわざわざ畑になんて来なくて、専門部署が仲買いから仕入れるものでしょう。それがこの人はちょくちょくやって来ては、あの野菜がほしい、こんな味の野菜をつくってくれって言うんだよね」と石割さん。

自分の料理に合う好みの味の野菜といえば、思い出すのはザ・リッツ・カールトン日光の総料理長(※関連記事はこちら)。この人も栃木県中の生産者とネットワークを築き、スター農家に自分好みの野菜をつくってもらっていたっけ。もしかしてこれ、ザ・リッツ・カールトンの料理人に息づくDNAなのかも。

(ジューシーな赤カブや希少なプンタデッラの花をゲットしてご機嫌な井上さん)

そんな井上さんの活躍は、シェフたちにも注目されています。「シェフズ・テーブル by Katsuhito Inoue」をさっそく体験したのは、大阪の名店「La Cime」の高田裕介さん(※関連記事はこちら)。

「出身地でない土地で、そこに溶け込み、地域の食材や食文化を理解して、その魅力を見つけ出し、発信する。なかなか大変なこともありますが、井上さんはがんばっている。応援したいですね」(高田さん)。

奄美大島出身で大阪にレストランを構え、「ミシュランガイド京都・大阪+和歌山2022」二つ星、2021年「アジアのベストレストラン50」8位、2021年「世界のベストレストラン50」76位と、日本を代表するトップシェフとして、関西のガストロノミーのフロントランナーを、長い間ほぼひとりで背負ってきた高田さん。同じ関西を拠点とする料理人として、温かく見守っているようでした。

(青森の山栗の焼き餅をカラメリゼして鶏卵と蒸し栗をのせた小菓子)

時が移ろうように、二度と同じメニューには出合えないかもしれない「シェフズ・テーブル by Katsuhito Inoue」。次回は季節を変えて、特別な日にお邪魔したい。ということで誕生日を調べてみたら「夏至」の「半夏生(はんげしょうず)」。

井上さん、この季節にはどんな料理をつくってくれますか?

ザ・リッツ・カールトン京都 https://chefstable.ritzcarltonkyoto.com/

「シェフズ・テーブル by Katsuhito Inoue」は公式サイトから予約できます

※料理はすべて訪問時のもの。季節などにより変更されます

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