今日も古墳日和 by 多田みのり

第18回 地主さんに守られた安中地域の王の墓、簗瀬二子塚古墳(群馬県・安中市)

【古墳群プロフィール】
名  称:簗瀬二子塚古墳(やなせふたごづかこふん)
古墳の形:前方後円墳
時  代: 6世紀初頭
整備状況:国指定史跡として整備
展示施設:古墳の向かいに「簗瀬二子塚古墳ガイダンス棟」がある。遺物は「安中市学習の森・ふるさと学習館」に展示。

今日は東の古墳王国・群馬を訪ねます。高崎駅からJR信越線で約20分、温泉記号発祥の地として知られる磯部温泉の最寄り駅である磯部駅が起点です。ハイキングがてら20分ほど歩くと、住宅地の中に簗瀬二子塚古墳が見えてきます。

周溝を含む古墳全体では約130mもあり、県内の同時期の古墳の中では最大級の大きさを誇ります

安中市域に初めて出現した大型の前方後円墳で墳丘長は約80m、この地域一帯の有力者の墓と推測されています。また横穴式石室は、竪穴式から横穴式へと移り変わった最初期の特徴を備え、学術的にも重要視されています。

後円部に南を向いて開口した石室。小窓から中を見ることができます

整然とした石組みの羨道の先に石室の奥壁が見えます

石室の全長は11.54メートルあり、羨道は階段状に二段下って玄室に至る作りになっています。そして玄室の壁石には赤色顔料(ベンガラ)が塗られていました。古代において赤色顔料は魔除や再生の意味を持つとされますが、赤彩された石室に眠ったのはどんな人物だったのか、想像が広がります。

後円部から前方部を望みます。後円部頂上には、小森谷氏が発掘の経緯を記した石碑が建てられています。

古墳は1879(明治12)年に土地所有者の小森谷啓作氏らによって石室が開口され、玉や装身具、武器、馬具、須恵器などの副葬品が出土し、その様子を描いた画譜『尚古帖』と共に、小森谷家に大切に伝えられてきました。この発掘はお宝探し的なものではなく、近隣古墳に事前調査に出かけた上で、学術調査的な手順を踏んで行われており、その成果については「今日も古墳日和」第16回の芝丸山古墳(https://www.tabikoi.com/tada16/)でご紹介した、坪井正五郎博士に意見を求めています。こうした地元の方の尽力により、古墳と出土品が守られてきたのですね。

古墳の向かいには古墳の概要や出土品、発掘の経緯などを
パネル展示している「簗瀬二子塚古墳ガイダンス棟」があります

★古墳日和ポイント★
近隣にはたくさんの古墳があるので、磯部温泉に宿をとって古墳三昧もおすすめです。私も宿を起点にいくつか小さな古墳を巡りました。最近はGoogleマップにも古墳が表示されるので、手軽に楽しむことができますよ。

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