ひとり旅にアート心も入れて by 塩見有紀子

第10回 埼玉にある“龍の棲む”地下神殿は、実は首都圏を水害から守るスゴイ施設だった(埼玉県・春日部市)

今回のアート旅は少し視点を変えた施設をご紹介します。

まるでギリシャのパルテノン神殿!?とも謳われる、埼玉県春日部市にある世界最大級の「首都圏外郭放水路」をご存じでしょうか。春日部市の中川や綾瀬川流域を中心とした埼玉県東部の海抜の低い地域を洪水から守るための地下放水路のことです。まさにこれから迎える雨の季節に多く稼働されるかもしれません。

放水路って何?という方にその役割を知ってもらうため、一般向けの見学会が開催されています。

見学会は、「龍Q館(りゅうきゅうかん)」と呼ばれる地底探検ミュージアムでVTRや模型、パネルなどで放水路の仕組みを知ることからスタート。ちなみにこのネーミングは、地元に伝わる「火伏の龍」伝説と「AQUA(水)」にちなんだもの。

龍Q館の展示室 模型・パネル 
©国土交通省江戸川河川事務所 ※画像の転載・コピー禁止

放水路の仕組みは、中小河川の氾濫を防ぐために、まず洪水を第1~第5立坑(たてこう/垂直に掘り下げた坑道)と、立坑を繋ぐトンネルにいったん流し入れます。次に調圧水槽と呼ばれる地下空間で水の勢いを弱め、そして排水機場のポンプを使って大きな江戸川へと排水・放流します。つまり、調圧水槽は一時的に水を貯え、水の流れを弱めてスムーズに水を排出するためのプールのようなものなのです。

立坑は実に深さ70mもあり、NYの自由の女神像やスペースシャトルがすっぽり入ってしまう大きさだそう。平成18年の首都圏外郭放水路の完成により、度々洪水被害に見舞われていた周辺地域は、浸水する家屋や土地が大幅に減り大きな被害を未然に防ぐことができるようになりました。

レクチャーの後は、いよいよお楽しみの調圧水槽へ向かいます。地下22mにある調圧水槽へは階段約100段を歩いて降りて向かいます。帰りも階段なので、歩きやすい靴で見学会に参加しましょうね。階段を降りきると、その巨大なコンクリートの塊に言葉を失います。“水槽”は幅78m、高さ18m、長さ177m!高さはビル6階相当。そして天井を支えるためだけでなく、地下水の圧力によって水槽が浮くのを抑えるため、幅2mの柱が59本も立ち並びます。

圧巻のスケール!

パルテノン神殿の柱は46本の円柱で「ドーリア式」と呼ばれ、柱に波々のような筋があり、シンプルながらも装飾が施されています。一方、こちらの“地下神殿”は機能面重視な無骨なもので、柱1本の重さは約500トン!! 近くに立ってもいつの間にか大きさを感じなくなってしまいます。でも、ふと遠くにいる人を見ると、やはりそのスケールの大きさがわかります。

パルテノン神殿(写真:Pixabay)

365日態勢を整えている首都圏外郭放水路の年間の実際の稼働日数は年平均7日くらいだそう。ですが、過去最大の流入量1,900万立方メートルを記録したのは平成27年(2015)年9月の台風17号・18号。鬼怒川が決壊してしまった、記憶にも新しいあの時です。東京ドーム15杯分に相当する量の洪水が調整されました。

一般向け見学会は3コースあり、作業員用通路であるキャットウォークを歩いて深さ70mの第1立坑の途中まで降りるコース(ハーネス<安全帯>とヘルメットを着用)、特別公開のガスタービン部や調圧ポンプを見学できるコース、地下神殿の調圧水槽の見学のみの3コースです。

深さ70mの第1立坑 ©国土交通省江戸川河川事務所 ※画像の転載・コピー禁止
実際に見ないと、その巨大さはわからない!

整然と並ぶ柱や柱に当たるライトが神秘的で荘厳な雰囲気を醸し出しますが、ここは私たちの生活を陰から支えてくれる重要な施設。西洋画では龍や蛇は災厄をもたらす邪悪なものとして描かれることが多いモチーフですが、日本画や中国画では水という生命に不可欠なものを操る“神の使い”とされ、信仰の対象にもなる存在。水への防災意識を高めるため、ぜひ「龍Q館」へ見学しに行きましょう!

<参考>龍をモチーフにした、メトロポリタン美術館の日本画(左)
ルーブル美術館の西洋画(右)

予約・見学料金など詳細は首都圏外郭放水路へ
https://gaikaku.jp/

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