トコトコ東北 by 川崎久子

第11回 見どころがぎゅっと詰まる小さな城下町・白石。古きよき時代の建物にときめく町歩き(宮城県・白石)

白石の地図を開くと武家屋敷や古い商家など魅力的なスポットが点在しています。

白石城をあとにし、城下のぶらぶら歩きを楽しみます。

片倉家中武家屋敷(旧小関家)で武士の暮らしぶりを知る

沢端川は、白石城の三の丸外堀にあたります。この小川沿いに片倉家中武家屋敷(旧小関家)が立っています。さらさらと流れる水を眺めていると、「昨日雨だったからちょっと濁っているけど、いつもはもっと水がキレイなんだよ」と施設の方が教えてくれました。
まわりはいたって普通の住宅街で、屋敷の周りだけ時間が江戸時代に巻き戻ったよう。小関家は、江戸時代の城下絵図でも同じ場所にその名を見つけることができます。この屋敷に小関家子孫の方が代々暮らしていましたが、平成3年に白石市に主屋や門などが寄贈されました。

屋敷は享保15(1730)年建築。 

橋を渡り、棟門(屋根付きの門)をくぐって敷地内へ。この建物は、武士住宅の体裁が整う過渡期に建てられたもので、正式な玄関がありません。身分の高い人は母屋の側面に回された露地塀の小さな門をくぐり、茶の間の縁側から直接なかへ入っていたのだそう。露地塀には棟門に向かって窓が付いており、この窓から客の来訪を確認することができるようになっています。

広い土間の台所と茶の間・正座敷・納戸がある小ぢんまりとした屋敷は、豊かに葉を茂らせた庭木で囲まれ、実にいい雰囲気。庭からは川へ下りられる石段があるので、洗濯などはここでしていたのかしら、子どたちは夏に水遊びしたかもね、と想像。子どもの頃、叔父の家で夏、小川で遊んだなぁと遠い記憶とも重なります(武家屋敷ではなく、林のなかの小川ですが)。

露地塀の門は頭上注意!左側に見えるのが台所の入り口で、
その半分ぐらいの高さしかなく、屈まないとくぐれません。

茶の間(おかみ)の囲炉裏端に座ると、正面に露地塀に開けられた窓が見えます。
植木があって見えづらいですが、棟門から誰がきたか一目瞭然の合理的な造り。

豪商のお屋敷、壽丸屋敷へ

白石駅から白石城へ向かってまっすぐ延びるメインストリート沿いに、その建物は立っていました。その名も、壽丸(すまる)屋敷。味噌・醤油の醸造や紙問屋、不動産業など手広く商いをしていた豪商・渡辺家の屋敷で、施設名である「壽丸」はかつての屋号に由来します。この建物も旧小関家同様、渡辺家より市に寄贈され、施設内では年間を通してさまざまなイベントが行われています。

主屋は大正12(1923)年の建築で、昭和39年頃増築されました。
一時は取り壊す話が持ち上がりましたが、市の有志の働きで解体を免れたそう。
国登録有形文化財です。

門や店蔵は明治時代、主屋や金庫蔵は大正時代の建築だそう。母屋の玄関を入って正面は和室ですが、お隣にあるかつての応接室は洋館風。今は、手作り品を並べるショップになっています。往時はソファーなど洋の調度品が置かれてハイカラな部屋だったことでしょう。庭園を臨む縁側を奥へ進むと店蔵につながっており、そこは白石和紙を紹介する展示室になっています。

洋館部分の応接室。壽丸屋敷は総じて天井が高い!
応接室も例外ではなく、見上げると折り上げ格天井になっていました。
和洋折衷の造りで、今見てもおしゃれ。

白石和紙は「虎斑楮(とらふこうぞ)」を原料に、一枚一枚手すきしています。
伊達政宗が奨励し、片倉小十郎が下で盛んに作られるようになったのだそう。
館内のショップには、名刺入れなど白石和紙の雑貨も並びます。

白石の町は駅から歩いていける範囲内に城をはじめ、武家屋敷や商家など見所がぎゅっと詰まっています。城下町には欠かせない、造り酒屋・蔵王酒造もあるので、お酒好きの方にもおすすめですよ。

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