ニホンノカタチ 旅恋ver. by yOU(河崎夕子)

第20回 色彩の達人が染める江戸小紋の粋。光と影を駆使する染工場での技(東京都・墨田区)

前々回の連載でご紹介した新富町の足袋屋「大野屋總本店」の福島さんにご紹介いただいたのは、足袋の生地も染める「大松染工場」。福島さんのお話にイメージが湧いてすっかり魅了された私は、今回はこちらにお邪魔して工場を見せていただくチャンスをいただきました。

手染めにこだわって三代、手がける江戸小紋と江戸更紗はいずれも高度な技術が求められます。江戸時代から受け継がれてきた伝統技法がどのようなものなのか、興味津々に工場へご案内いただくと、全ての作業工程が人の手によって丁寧に行われていて、それらがいずれも気が遠くなるほど細かくて、過酷で時間のかかるものばかりであることにとても驚きました。

大松染工場では、江戸小紋の着物に用いられる絹や足袋用の綿を始め、現在ではポリエステルや皮革まで染める技術を持ちますが、それぞれの生地によって染料が異なり、作業場の棚にはずらりと染料のケースが並んでいました。これらを料を配合して、どのような色を作るかは染工場のセンス次第、まるで実験のように配合を繰り返した色見本帳を、とても嬉しそうに見せてくださったのは二代目の中條隆一さん。季節や気温によってもその風合いが変わるそうで、それらを踏まえて色を作る工程は、染工場の腕の見せ所の一つというわけです。

染料を配合する二代目隆一さんの背中・代々伝わる見本帳

創業時から一貫して使っている伊勢型紙は、現在の三重県鈴鹿市辺りに拠点を置く型彫り師(服飾の世界ではデザイナー、パタンナーにあたる)によって作られた型紙で、強靭で保存性の高い美濃和紙に柿渋を塗ったものに、美しい紋様が彫られています。30cm×38cmの大きさのこれらを用いて、長さ13mの反物を仕上げるためには、染師が少しずつ移動しながらその境界がずれないように型染をしていきます。一反でその回数は実に45回以上。

大きな空間に長さ26mを超える作業台が2台(8反分)、室内には暖房と扇風機、台の下の鉄管でも温めて乾かしながら進める型染の作業は、夏は非常に過酷で、体重もぐんと落ちてしまうと話してくださったのは三代目の康隆さんでした。

型染の作業場・伊勢型紙・高圧釜・使用する木枠や駒べらなど

型染の後、複数名で手早く行われるのが「地色染め」。この工程は「しごき染め」とも呼ばれ、しごき終わった生地は、その上におがくずが撒かれて木枠にひっかけられ、高圧釜で蒸されます。随所に見られる先代の経験や知識に、新しく開発した技術を加えて、より効率的に仕上げていく作業工程、染め物にスピードを感じたのは初めてでした。蒸された生地は冷たい井戸水で糊を洗い流して干されます。暑かったり、冷たかったりと過酷な作業工程に晒された職人、康隆さんの手は、独特な力強さがあってとても印象的でした。また使われる道具の数々は、職人毎に使いやすく整形されていて、それ自体が味わい深いフォルムをしていました。

光と影を使った型染、康隆さんの手が無駄なく動く

作業工程の中でも特に神経を使う型染。一枚の型紙で一反分を染めるため、その柄がずれないように、型紙についている「ホシ」と呼ばれる4つの点と、光を透過して生地にできるその影を合わせて、移動しながら染めていきます。手早く進んでいく魔法のような手捌きにすっかり目と心を奪われてしまいました。

工場に併設される博物館は誰でも見学が可能で、型染体験もできるとか。伝統工芸名匠の美しい作品を、是非直接ご覧になってみてください。

二代目の中條隆一さん(右)と三代目の中條康隆さん(左)

大松染工場(江戸小紋江戸更紗博物館)
〒131-0041 東京都墨田区八広2-27-10 03-3611-5019
https://edokomon-daimatsu.com

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