
冬季オリンピックの「ミラノ・コルティナ五輪」が開催され、ミラノの街全体が高揚感に包まれている今。その熱気のすぐそばに、まったく異なる時間が流れている場所があります。ミラノ南西部にあるプラダ財団美術館です。
ミラノ発祥のブランド「プラダ」がアートや文化の継承のために設立したプラダ財団。美術館はアートコレクションの展示を目的に2015年にオープンしました。美術館のある場所は、現在オリンピックの選手村として使用。人の気配を感じながらもどこか空虚で独特な静けさがあり、この街の時間の奥行きを感じます。
再開発中のエリア
曇り空の下、大きな門を抜けると広大な空間に色味のないグレーの建物が立ち並んでいました。そこで、その存在感に目を奪われたのが、金色に覆われた建物。ここがプラダ財団美術館の入口でした。華やかというよりも、緊張感のある佇まいで「ただの美術館ではない」という空気をまとっています。
黄金色の建物に目を奪われる
中に入ると、その印象はすぐに確信へと変わります。このとき開催されていたのは、メキシコ出身の映画監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥによる展示。映像と空間、そして身体感覚を通して社会や現実を体験させるようなインスタレーションで、鑑賞というよりも“巻き込まれる”感覚に近いものでした。
視覚だけでなく、足元や距離感、音の響きまでもが設計されていて、自分がどこに立っているのか一瞬わからなくなるような不思議な感覚に陥ります。作品の内容を細かく追うというよりも、その場に身を置くことでじわじわと何かが染みてくるような体験でした。

アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥによる展示
プラダ財団美術館の魅力は、ひとつの展示だけでは語りきれない点。敷地内には複数の展示棟が点在し、それぞれ異なるコンセプトで構成されています。インスタレーションのほかにも、常設展示として現代アートや哲学的なテーマを扱った作品が展示され、場所ごとにまったく異なる体験が用意されていました。
一般的な美術館とは異なり、敷地全体を歩きながら点在する空間を巡る構造のため、訪れるたびに違う表情に出合えるのも特徴です。展示を見るというよりも、「空間を横断しながら思考する」という感覚に近いかもしれません。美術館全体が一つのインスタレーションのようでした。

空間全体がアートのよう
そして、もうひとつの魅力は建築。もともと蒸留所だった場所なので、その構造や素材感を残したまま、現代的な建築が差し込まれています。中庭に出ると、かつての産業の気配がそのまま空気に溶け込み、どこか艶やかな雰囲気すら感じさせます。さすがのプラダ!センスが随所に見られました。


元蒸留所として使用されていた美術館の敷地内には歴史を感じる
敷地内には、映画監督ウェス・アンダーソンが手がけたカフェ「Bar Luce」もあります。1950〜60年代のミラノのカフェ文化をモチーフにした空間で、どこか懐かしく、それでいて作り込まれた世界観が広がっています。

カラフルでポップな空間がウェス・アンダーソンらしい
エレベーターで上階へ上がると、ミラノの街が一望できます。そこで気づきます。すぐ隣に広がっているのが、今まさに選手たちが滞在しているオリンピックの選手村であることに。
見下ろすと隣にはオリンピックの選手村が!
さらに建設中の高層建築がひときわ目を引きます。調べてみると、将来的には展望タワーとなる予定の建物だそうです。競技の熱気とは対照的な、未完成の建物と整備されていく街並みの風景です。

オリンピック後を見た再開発の中でも一際目立つのがガラス張りの展望タワー
この一帯は、かつて鉄道の操車場や工業施設が広がっていたエリア。いわば都市の裏側だった場所が、いまオリンピックを契機に大きく姿を変えようとしています。蒸留所という過去の記憶を抱えながら、現代アートという現在を提示し、そのすぐ隣では未来の街がつくられている。ひとつの視界の中に、異なる時間軸が重なっているような感覚でした。
これからこのエリアがどのように変わっていくのか。数年後、もう一度訪れてみたくなる……そんな余韻を残す場所でした。
写真・文/yOU(河﨑夕子)







