台所や風呂・洗面所、トイレなど私たちが使った汚水を処理し、川や海に放流する。当たり前のように享受していることも、じつは日本の近代化によって著しく発展したことのひとつです。東京都荒川区、隅田川中流にある「旧三河島汚水処理場喞筒(ポンプ)場施設」はわが国最初の近代下水処理場で重要文化財に指定されています。
近代的な下水処理施設ができる前は、し尿は溜めて畑の肥料に、家庭から出る汚水はそのまま川などに流していました。しかし近代化のなかで人口が増え、流れずにたまったままの汚水でまちは不衛生に。明治10年~20年にかけてはコレラが流行し、日本中で多くの命が失われました。そこで、下水道整備の必要性が求められ、大正11年(1922)にこの施設が開設されました。日本初の施設を設計したのは技師の米元晋一。約9か月の欧米視察を経て、最新の英国式の処理法を導入します。ちなみに米元は明治44年(1911)に完成したお江戸「日本橋」を設計した人物です。
左:大正14年(1925)建設の門衛所 右:こんなマンホールも
喞筒場施設で行われていたのは汚水処理の最初の工程。地下の下水管を通って集められた汚水を沈砂池(ちんさち)へ流し、土砂や大きなゴミを取り除きます。土砂を沈殿させるためにゆっくり流す設計になっていました。土砂などは濾格室上屋(ろかくしつうわや)に設置された濾格機で取り除きます。沈砂池を通った下水は下水の量を図る量水器室を経て地下水路へ送られます。
東西二つの下水管の上には、入口阻水扉室上屋があり、メンテナンスなどで下水の流れを一時的に止める扉がある
左:沈砂池と濾格室上屋 右:水の勢いに耐えられるように花崗岩で施工
下水が流れていた導水渠(どうすいきょ)は曲線美が印象的なトンネル。そして下水はポンプでくみ上げるための貯水槽・喞筒井(ポンプせい)に入り、地上のポンプ室に汲み上げられます。
2本の水流が合流する導水渠
ポンプ井
施設のシンボル、喞筒室へ向かいます。赤レンガ風のタイル張りが美しい、幾何学的意匠を使ったセセッション様式。ただ下水を吸い上げるポンプが並ぶ建物なのに、明治・大正の建物はデザイン性に優れ、温かみがあるところが、やはりいいですね。内部はトラス構造で天井が高く開放的。かつて、天井クレーンを使いポンプなどを搬出入する必要があったからです。
喞筒室
この喞筒室は平成11年に別系統のポンプ施設に切り替わり引退。同施設のある三河島水再生センターは、荒川・江東区全部、文京・豊島区の大部分、千代田・新宿・北区の一部の下水処理を行なっており、処理した水は隅田川に放流されています。
喞筒室内部
そして、春は桜、初夏はツツジの名所で、2024年は直近の5月3日に「つつじ鑑賞会」を開催。誰でも入場できます。そして通常は要予約・無料でガイドの方が詳しく施設内部を説明してくれます。下水処理のありがたみを楽しく学べますよ。