トコトコ東北 by 川崎久子

列車で行く Vol.24 岩手・盛岡 レトロ建物をめぐる、ぶらぶら街歩き (前編)


江戸、明治、大正、昭和、そして平成。盛岡の街にはそれぞれの時代の建物が仲良く並びます。
江戸から昭和初期にかけてのレトロな建物をめぐる街歩きを楽しみに、岩手の県庁所在地を訪ねてみましょう。

 

盛岡市街地観光の便利な足・でんでんむし号
街歩きは盛岡駅東口から。旅の足は、盛岡都心循環バス「でんでんむし号」です。盛岡の中心地に点在する
主な観光スポットの近くを通るこちらの循環バス。右回り・左回りのコースがあり、35分ほどかけて盛岡駅へ
戻って来ます。1乗車100円、1日フリー乗車券も300円と、とってもリーズナブル。10分〜15分おきにバスが
くるので、気軽に利用できます。このでんでんむし号の右回りに乗って上の橋バス停まで。
ここからレトロ街歩きスタート!

 

盛岡の町の基礎ができたのは
ここでちょっと、歴史のお話。盛岡の町の基礎ができたのは、江戸時代を通じて盛岡藩の藩主であった南部氏
の治世。慶長年間に築城がはじまり、1633年に完成した盛岡城を中心に町割りがなされました。寺町や材木町
など市街地の町名にも江戸時代の名残が感じられます。上の橋バス停のすぐそば、中津川に架かる上の橋は、
青銅製の擬宝珠で飾られた木造の橋。

盛岡城築城時に架けられたもので、擬宝珠には慶長14(1609)年や慶長16(1611)年の銘が刻まれています。
何気なく渡ると見落としてしまいそうですが、こんなにも身近なところで築城の歴史の一端をかい間見ること
ができます。

 

レトロ建築が点在する通りを歩く
上の橋を渡ってひとつ目の交差点を右折し、紺屋町界隈を散策します。江戸時代、この辺りには中津川の清流
が近いことから紺屋、いわゆる染物屋が集まっていたのが名前の由来のこちらの町。

杉玉が軒先から下がる酒蔵や、こじんまりしたカフェなどが並ぶ通りを歩いていると見えてくる、
望楼が載った洋館。これは、大正
21913)年に建てられた消防団の紺屋町番屋で、大正時代の洋風事務所建築
としては典型的な例なのだそう。

2階建ての屋根の上にすっと立つ六角形の望楼がかわいらしく、街のシンボルになっています。今でこそ向かい
に東北電力の高い建物が建っていますが、往時は望楼から遠くを見晴るかすことができたのでしょう。

グレイッシュブルーの外壁と赤い屋根のコントラストといい、望楼の上の避雷針といい、どこをとってもかわいい!

さらに歩くと軽やかな佇まいの紺屋町番屋とは対照的に黒々とした壁が存在感たっぷりな純和風の建物が、
ゆるくカーブした通りに沿って長々と続きます。

1816年創業の日用雑貨の老舗「ござ九 森九商店」の建物で、敷地内には江戸後期から明治時代にかけて建て
られた店舗や土蔵、住居が立っています。低い庇の店舗に入ると、竹細工のかごなど、日用雑貨が並んでいます。
ほの暗い店舗の奥にある陽光差し込む中庭は、スペインのパティオを彷彿とさせる雰囲気。このスペースで絵画
の展示やお茶会などのイベントを不定期で行っています。ござ九の建物は、中津川にも面しています。柳が植え
られた小径に沿って土塀が続く風景は、そこだけ時間が巻き戻ったような風情があります。

ござ九の中庭では、私が訪れた4月21日にちょうどイベントが行われていました。

ござ九のはす向かいにある釜定もぜひ立ち寄ってほしいスポット。明治時代から続く鋳物の店です。南部鉄器
というと鉄びんを思い浮かべる方が多いのでは。釜定は鉄びんの店として創業し、今ももちろん鉄びんを作って
いますが、店内にはほかにもフライパンなどの洋鍋、鍋敷きなどデザイン性のすぐれた商品が整然と陳列されて
います。

注ぎ口が「右向け、右」状態に陳列された南部鉄器の鉄びんたち。一生モノです。左端で壁にぶら下がっているのが鍋敷き

なかでも私が気に入ったのはこけし形の栓抜き。飾ってもかわいらしいフォルムに一目惚れし、こけし好き友達
のおみやげにしました。

左端のこけしの栓抜きをお持ちかえり。箸置きやネックレスもおみやげにぴったり

この通り最大の見所は、なんといっても岩手銀行赤レンガ館でしょう。レンガ積みの外壁、ドーム屋根と瀟洒な
佇まいのこちらの建物は、東京在住の方なら既視感があるかも。そうです、この建物を設計したのは、
東京駅の設計者・辰野金吾なのです。

1911年の竣工以来、盛岡の顔といっていい存在感をはなっています。かつて営業室だった場所は2階まで吹き抜け
になった大空間。顧客窓口や階段手すりの装飾など細やかな意匠が施され、こんな場所で働けたら仕事も捗る
だろうなぁと、ただただうっとり。
 
 
左上)入館してすぐ、有料ゾーンの吹き抜け。左手がかつての営業室です 右上)金庫室の入り口。ドア上にもうひとつ入り口が
下)天井の照明の周りや階段の手すりの装飾は、私のレトロ建築物を見る際のツボです。昔の建物のデザインってなんて優雅!

かつての営業室は今、多目的大ホールと名を変え、コンサートなどイベントが行われています。

旧営業室内部(多目的大ホール)からの風景。カウンターが舞台に見え、まるでヨーロッパのオペラ座のような雰囲気


ライバル銀行の本館対決?!
岩手銀行赤レンガ館から歩くこと数分でたどり着く、もりおか啄木・賢治青春館の建物は、旧盛岡藩士94名が
株主
となり、1878年に設立された第九十銀行の本館を利用したもの。先に訪れた岩手銀行赤レンガ館の前身、
盛岡銀行と第九十銀行は当時ライバル関係にあり、盛岡銀行本館よりも先に竣工すべく工事を急がせ、1910年
12月11日に落成しました。ちなみに旧盛岡銀行本館が竣工したのはそのおよそ5ヶ月後、1911年4月30日。
旧盛岡銀行が明治の洋風建築の集大成といえる仕上がりに対し、第九十銀行本館は、19世紀後半から20世紀
前半に流行したロマネスク・リヴァイヴァル様式で、時代の先端を行くデザインでした。ライバル関係が生んだ
好対照な2つの銀行本店。ぜひ、見比べてみてください。

館内には岩手が生んだ二大有名人、石川啄木・宮沢賢治の資料館になっています。
天井に旧銀行時代のマークが今も残る営業室は常設展示室に。1886年生まれの啄木と1896年生まれの賢治。
10歳の年の差がある二人は、ともに盛岡中学で学んだという共通点があります(早世だったのは残念な共通点)。
ミュージアムショップでは賢治や啄木の書籍やオリジナルグッズを販売しています。賢治の本は読んだことがあり
ましたが、啄木の方は学生時代に『一握の砂』から数首習った程度の知識量。せっかくなので、新潮社編ではなく、
地元だからこそ購入できそうな桜出版編の『一握の砂』『悲しき玩具』の2冊を買い求めました。
街歩きをはじめたのが11時。気づけば時計は13時になろうとしています。せっかくなので、ミュージアムショップに
併設の喫茶コーナー「あこがれ」で、しばし休憩。
コーヒーとチョコレートケーキのセットをいただきました。

  
左)喫茶コーナーからも銀行時代のマークが見えます。奥が常設展示コーナー 写真右)喫茶コーナーの暖炉。タイルがキュート

ソーサーに旧第九十銀行本店のイラストが描かれたオリジナルのコーヒーカップに、南部鉄器の鉄びんで沸かした
お湯で挽きたてのコーヒーをドリップ。すっきりとした味わいなのでブラックで楽しみました。
濃厚なチョコレートケーキとの相性も抜群です。この喫茶コーナーをはじめ、館内の各部屋にはイギリス式の
暖炉があります。棚板の高さは、背の高い西洋人が立って肘をかけるのにちょうどよい高さ。そういう目で見ると、
あまり背が高くない日本人にとってはちょっと高めです。暖炉は、今でもちゃんと使用できるように整備されて
いるそう。火が入ったら、さらに趣が増しそうです。

レトロ建築めぐりを中心にした盛岡ぶらぶら街歩き前編。後編は、ご当地グルメも交えて次回8月に!

(文・写真 川崎 久子)

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