世界のファインダイニング by 江藤詩文

第27回 東京と日本の魅力を絵本のように伝える、ものがたりの語り部「Celaravird(セララバアド)」(東京・代々木上原)

いま私が過ごした時間は、何だったのだろう。

もちろんレストランに来たのだから、お腹は満たされています。だけどそれだけじゃない。自己と他者(この場合はレストラン)の境界線が溶け合うような没入感は、なんというかチームラボ。上質なミュージカルを見たような浮遊感と高揚。食事が終わった後、「ごちそうさま」と席を立つのではなく、スタンディングオベーションしたくなる感じ。

しらす、はまぐり、ムール貝など海の味覚は波の音と共に味わいます

「Celaravird」オーナーシェフの橋本宏一さんは、分子ガストロノミーを提唱した「エル・ブリ」、世界一の美食都市スペイン・バスクの天才「マルティン・ベラサテギ」、日本ではマンダリン オリエンタル 東京「タパスモラキュラーバー」と、21世紀に入って世界の料理界に大革命が起きた時期に、その最先端で当時の熱狂を体験してきた人です。

エッジの立った、食べ手の知識と経験を試すような尖った料理をつくる人かと思いきや、その予想は幸せな方向に裏切られました。

物静かでエレガントなCelaravirdオーナーシェフ・橋本宏一さん

料理のものがたりの主役は、日本を旅して出会った食材の生産者や器作家。料理人はそのものがたりを読み語るストーリーテラー。世界の最先端と、郷土さえ感じる地に足のついた温かさが両立して、それを受け止めるゲストがいるのが、なんとも東京っぽい。

稚鮎、きゅうり、蓼というオーソドックスな組み合わせを再構築

「セララバアド」という音のかわいい店名は、宮沢賢治の童話『学者アラムハラドの見た着物』から。「人はほんとうのいいことが何だかを考えないでいられない」と言う小さなセララバアドを、恩師アラムハラドが好きだったように、橋本さんもそんなセララバアドに、心から共感しているのだと思います。

わかりやすい料理とイノベーティブな料理の緩急のバランスが抜群です

だからこのお店には、橋本さんが考える「いいこと」がいっぱい。世界最先端の技術を惜しみなく注ぎ込んでいながら、説明はわかりやすく簡潔に。ワクワクするプレゼンテーションの料理は奇をてらわず、誰が食べてもおいしいと思える味覚で組み立てられています。くつろげるインテリアやフレンドリーなサービスも、「いまここですごく大切にされている」と感じられて居心地がいい。

最後までゲストの気分を盛り上げるプレゼンテーションのプティフール

これだけ人気と知名度がありながら、外国人や一見さんも歓迎。どんどん値段を上げるガストロノミーも多いなか「誰にでも気軽にモダンガストロノミーを楽しんでほしい」と、手の届きやすい価格帯を死守。着る服に困るあまりファインダイニングが苦手な(主に)男性でもリラックスできるように、ドレスコードはなし。

つまり誰でも受け入れてもらえるゆえに、予約は非常に取りにくい。ここで紹介するのを迷ったくらい予約困難ですが、今の東京を表現するのに、やっぱりここは外せません。オンラインをこまめにチェックするなど、諦めずに気長にトライしてもらえたら嬉しいです。

Celaravird(セララバアド)

https://www.celaravird.com 公式サイトから予約できます

※料理はすべて訪問時のもの。季節などにより変更されます

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