【古墳プロフィール】
名 称:亀塚古墳
古墳の形:前方後円墳
時 代:4世紀末〜5世紀初頭
整備状況:国指定史跡「亀塚古墳」として整備
U R L: https://www.city.oita.oita.jp/o204/bunkasports/shitebunkazai/kamezuka.html
今回は九州・大分県にある、県下最大規模を誇る亀塚古墳をご紹介します。九州は第31回でご紹介した王塚古墳のある福岡県がダントツに古墳の数が多いのですが、ここ大分県にも900基ほどの古墳が確認されています。
最寄駅は大分駅からJR日豊本線で20分ほどの坂ノ市駅。駅からタクシーで約10分の丘陵部に築かれた亀塚古墳は、隣接する小亀塚古墳と共に国指定史跡として整備されています。
亀塚古墳は全長116m、前方部高さ7m、後円部径64m、後円部高さ10mの前方後円墳で、4世紀末〜5世紀初頭にこの地域を支配していた海部の王の墳墓と考えられています。1993年から98年にかけて古墳の保存整備のための調査が行われ、規模や構造が明らかになりました。
前方部から後円部を望む。後円部頂と西側のテラス、
造出(つくりだし)には埴輪を並べて復元している
古墳は3段築成で表面には石英質の白石が葺かれ、後円部には円筒埴輪が150以上も立て並べられていました。石の葺き方から多数の異なる集団が携わったことがうかがえ、王のもとで組織的に築造されたこともわかってきました。白い墳丘に赤褐色の埴輪が並ぶ姿は荘厳で、海部の王の権力を存分に示したことでしょう。
後円部墳頂には埋葬施設の場所が示され、復元された石棺が置かれている
後円部には埋葬施設が2ヶ所見つかり、第1主体部には長さ3.2mにもなる組合せ式の箱式石棺が納められていました。すでに盗掘を受けていましたが、短甲や鉄刀、鉄剣、鉄鏃の破片や滑石製勾玉420点以上、碧玉製管玉、滑石製白玉、ガラス製小玉などの玉類が見つかりました。
また、出土した埴輪の中には船形埴輪や、船の絵や沖縄などに棲息するスイジ貝をモチーフにした模様を線刻した円筒埴輪などがあり、海部の王が深く海と関わる人物であったことを表しています。当時、朝鮮半島での外交・軍事において勢力を確保したかったヤマト王権にとって、海部の民の航海技術は不可欠であり、大きな役割を担うことでおおいに繁栄したと考えられています。
海部地域の出土品をはじめ、広く古墳文化を紹介する海部古墳資料館
古墳のそばにあるガイダンス施設の海部古墳資料館では、亀塚古墳の出土品をはじめ一帯の古墳時代の様相を紹介しています。なかでも必見は九州最大規模の大型ジオラマ。海部のムラを再現したもので、海部の王の館と倉庫群や、古墳に立てる埴輪を焼いた様子、米や塩を作った半農半漁の海辺のムラなど、周辺の遺跡と古墳の関係を目で見て理解することができます。
古墳がどういう経済基盤のもとに作られたのか、古墳を作るのにどんな人々が関わったのかを考えることができるジオラマになっていて、あちこちのガイダンス施設を訪ねている私ですが本当によくできているなぁと感心しました。
他にも亀塚古墳の出土品をはじめ、市内の古墳の模型などが展示され、見応え十分。ぜひ古墳探訪と合わせて見学してみてください。海部の地に生きた古墳時代の人々の暮らしぶりをイキイキと感じることができますよ。
★古墳日和ポイント★
古墳の周りにはお店がないので、ピクニックを楽しみたい方は駅周辺のコンビニなどでお弁当調達を忘れずに。












