ニホンノカタチ 旅恋ver. by yOU(河崎夕子)

第53回 砂が描く時間の色〜光の変化が教えてくれた鳥取砂丘の魅力〜(鳥取県・鳥取市)

夏の終わり、取材旅の始まりは鳥取砂丘でした。様々な場所を旅してきた私ですが、鳥取砂丘は今回が初訪問。階段を登りきってその広大な風景を目の当たりにした時、思わず声が漏れていました。

朝日に白く輝く砂丘は人もまばらで、足跡のついていない地面には風が創り出す砂紋が広がっていました。それらは驚くほど繊細で、夜のうちに誰かが丁寧に整えたのではないかと思うほど滑らか。真っ白に積もった雪に足跡をつける時のように、まっさらな砂に足を踏み入れる瞬間は、どこか胸が高鳴りました。

尊敬する写真家・植田正治氏は、この鳥取砂丘を舞台に数多くの作品を残しています。植田氏は人物の配置や距離、空間の使い方まで計算し尽くした“演出写真”の第一人者。砂と空と海だけのミニマルな風景は、余計な情報をそぎ落とし、被写体や物語を際立たせるための“完璧なキャンバス”、あるいはステージのようなものだったのかもしれません。実際に私もシャッターを切っていると、人物が入ってこそ、そのスケールや美しさが一層際立つのだと感じました。

鳥取砂丘の象徴のひとつ、ラクダも迎えてくれる(現在は記念撮影のみ)

その後、山陰を移動する旅の道中で多くの人や景色に出会いながら、旅の終わりに再び同じ場所に戻ってきました。西日が傾きはじめた夕暮れ時、砂丘は朝とはまったく異なる表情を見せてくれました。

夕暮れ前の砂丘は全く違う色合い

白かった砂はやわらかいオレンジ色に染まり、砂紋の一筋一筋が立体的に輝き、まるで呼吸する生き物のようで、朝の清々しさとは違う、少し切なさを含んだ温かな色。その変化を目の前にすると、自然が描く時間のグラデーションの豊かさに、心が満たされていくのを感じました。

美しい砂紋は自然が創るアート

砂丘のそばにある「砂の美術館」も訪れました。正直あまり期待せずに足を運んだのですが、入口を入った瞬間、その印象は大きく覆されました。巨大な砂像が並ぶ光景は圧巻で、砂という儚い素材でここまでの造形が可能なのかと驚かされます。

一歩進むごとに驚きがある展示空間。砂像の迫力に圧倒される

仏像の柔らかな表情や歴史的建造物の緻密な装飾まで、砂とは思えないほど精巧に再現されていて、人間の手が生み出す創造力の大きさに胸を打たれました。

砂とは思えない精巧さ

鳥取砂丘は決して人工ではなく、約10万年という歳月をかけて形成されたといわれています。日本海の荒波が砕いた岩石が川に運ばれ、海岸に流れ着き、さらに風がそれを内陸へ運ぶ……。そんな気の遠くなるような繰り返しの末に、この独特の地形ができあがったのです。感激しますよね?

砂丘の向こうに日本海が広がる唯一無二の風景

旅の始まりに見た清らかな白い砂丘。旅の終わりに見た温かなオレンジの砂丘。同じ場所なのに、光と時間によってまったく違う表情を見せてくれることに、鳥取砂丘という風景の奥深さを改めて知り、心に深く刻まれた体験となりました。

きっとどの季節、どの時間帯に訪れても違う魅力があり、何度でも足を運びたくなるニホンノカタチ。次に来るときは、また違う“時間の色”に出会える気がしています。

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