ニホンノカタチ 旅恋ver. by yOU(河崎夕子)

第52回 伏見十石舟と酒どころを巡る水辺の時間(京都・伏見)

京都にはこれまで幾度となく足を運んできました。寺社仏閣、町家の風情、祇園祭の熱気…季節を変えて何度も訪れてきたのに、私としたことが不思議と一度も足を踏み入れてこなかったのが、酒どころとして名高い「伏見」でした。

夏のある日、初めての伏見を目指し、京阪電車の中書島駅で下車しました。駅から歩くこと数分、石橋を渡ると十石舟乗り場が見えてきます。その日は天気にも恵まれ、川辺の木々の葉が陽を浴びて艶やかに揺れていました。

伏見十石舟は、かつて宇治川と伏見港を結び、米や酒を運んだ水路をたどる観光舟。現在は歴史ある景色の中を静かに進んでいきます。船頭さんの案内に耳を傾けながら、最初に目に飛び込んできたのは、伏見で最も古く大きな酒蔵、かの「月桂冠」の白壁と瓦屋根。その堂々とした佇まいが「水のまち・酒のまち」としての伏見の歴史を静かに物語っていました。

十石船はかつては淀川で活躍した運搬舟だった

川沿いには、昔ながらの木造建築が並び、派手な装飾もないその光景は、暮らしの中にそっと溶け込んでいて、緑のトンネルを抜けていく時間はまるでタイムスリップをしたように静かで心地いいものでした。

初夏の緑が美しい季節

途中、水辺に坂本龍馬とお龍の銅像が現れます。新婚旅行でこの地を訪れたとされるふたりの姿がこの地で拝見できるとは意外でした。舟はやがて、宇治川へとつながる紅白が鮮やかな三栖閘門(みすこうもん)の前で停泊、下船して資料館に立ち寄ります。館内では、水運の歴史や閘門の仕組み、かつてこの地が物流の要衝だったことを改めて知ることができました。

赤と緑が青い空に映える美しい水門(閘門)

再び舟に乗り、帰り道をゆっくり戻るころ、川面がやわらかな陽射しを受けてきらめいていました。観光地のにぎわいを想像していたのですが、この日はたまたまなのか、インバウンドの観光客がほとんど見当たらず、町全体に穏やかな空気が流れていました。静かで落ち着いた時間を過ごせたことは、偶然とはいえ、伏見の印象をいっそう深くしてくれたように思います。

町中には酒蔵の煙突や杉玉が各所に見られた

舟を降りた後、伏見の街をぶらぶらと歩けば、月桂冠や黄桜、富翁など、酒屋の前掛けでも見覚えのある名前の蔵が立ち並び、通りには酒蔵特有の甘く香ばしい香りがふんわりと漂っています。そして、資料館のスタッフの方に、伏見の地酒18種を少しずつ飲み比べられるセットがあると聞いていたため足を運んだのが「伏水酒蔵小路」。軽やかなもの、ふくよかなもの、しっかりとした酸を感じるもの…。それぞれの蔵元の個性が舌の上で鮮やかに広がっていきます。聞いた通り全部で18種類がずらりと並ぶ様子に驚きつつ、お酒好きにはたまらないひとときでした。

まさに18種の地酒がズラリ!

最後は、旧酒蔵を改装した老舗焼き鳥店「鳥せい本店」へ。香ばしく焼かれた串のお供はやはりキリッと冷えた地酒で。相性は抜群でした。

江戸時代創業の酒蔵を改装した店は風情がある

こうして過ごした初めての伏見。観光の華やかさとは少し違う、暮らしの延長線上にあるような穏やかな旅でした。
旅とは、知らない土地を訪れることだけでなく、何度も訪れてきた場所の中に、まだ見ぬ表情を見つけていくことなのだと、あらためて思いました。

伏見十石舟
運行期間:2025年3月20日(木・祝)~12月7日(日)
詳細はhttps://kyoto-fushimi.or.jp/fune/unkou/

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