世界のファインダイニング by 江藤詩文

2021 年もっとも記憶に残ったあの一食 星 11 個・7 人のスターシェフが魅了した一夜の宴「合餐 2021 Gohsan 7chefs in Fukuoka」—後編−

読者のみなさま、こんにちは。
旅恋アンバサダー「世界のファインダイニング」担当の江藤詩文です。
前回に続いて、私にとって 2021 年もっとも印象的だった一夜限りの饗宴「合餐2021 Gohsan 7chefs in Fukuoka」をご紹介します。 ※前編はこちら。

メインディッシュは、鹿児島牛のかたまり肉でした。

肉料理
「和牛シンシン」「カブと柿のサワークリームマスタード」「赤ワインソース」

「デンクシフロリ」清水さん、「アイーダ」小林さん、「ゴウ」福山さんがコラボしたこのひと皿がすごかった。
「清水さんは手で肉を転がす」。謎の言葉を残して立ち去ったのは「フロリ」川手さん。しかし百聞は一見にしかず。清水さんはなんと 6 時間半かけて手で肉を焼き上げたのです。

詳しくお話する前に、ちょっと話は飛びますが。旅&美食好きなみなさん、特に台湾ラバーのみなさんは、台湾のイノベーティブなファインダイニング「AKAME(アカメ)」をきっとご存じですよね。「アカメ」は、台湾南部の山村「霧台郷」(屏東駅から公共交通機関はなく車で 40 分くらいです)にある、台湾語で「原住民」と呼ばれる少数民族の伝統料理を再構築したイノベーティブなファインダイニング。シェフのアレックス・ポンさんは少数民族ルカイ族で、彼のレストランはルカイ族の集落にあります。

伝統的に「原住民」のルカイ族やパイワン族は、霧台郷でとれる頁岩(蓄熱性がいいそう)を使った岩板を、調理や建築に使ってきました。アレックスさんの友人である清水さんは、「原住民」の調理器具である頁岩の岩板を福岡に持ち込んだのです。

肉を転がす清水さんと、清水さんのモノマネをする「ゴウ」福山さん

岩板をダイレクトに火にかけ、手で温度を確かめながら、上質な鹿児島牛のシンシンのかたまり肉を絶妙なタイミングでのせる。手のひらで肉の温度や繊維の状態を確かめながら、熱の加減をコントロールするために、ひたすら肉を転がしたり入れ替えたりし続けた 6 時間半。

使ったのは火と石と人間の五感だけ。おそらく人類が火を発見した原始時代から行われ続けてきた、もっともプリミティブな調理法でつくりあげたのは、スーパー低温調理と呼びたい、しっとりとなめらかで瑞々しささえたたえた現代ガストロノミー。

YAKUIN 3 TERRACE 料理長の安藤寛さん

「アイーダ」小林さんによる付け合わせは、見た目も美しい柿とかぶのミルフィーユ。柿の産地でもある和歌山でよく食べられる、柿とかぶや大根など白い根菜を合わせたお惣菜「柿なます」。この食材の組み合わせをベースに、極薄切りにしてマスタード風味のサワークリームを挟んだものをミルフィーユ状に何層も重ねて、ディルをたっぷりトッピング。さらに酸味と香りを重ねるために、みかんの皮を焦がして香りを出し、仕上げに馥郁とした香りを放つ「アイーダ」特製の七味をぱらり。

実はこの日は、九州を中心に、志願して駆けつけた料理人約 40 名が 1 日アシスタントとして厨房に招かれていました。若手が中心でしたが、なかには福岡ではすでに知られた実力派の姿も。たとえば、もっとも繊細な「アイーダ」小林さんのサポートを任されたのは、「ゴウ」福山さんの右腕として長年活躍し、常連客のファンも多い「YAKUIN 3 TERRACE」料理長の安藤寛さん。「傳」長谷川さんのサポートに入ったのは、「ゴウ」福山さんも行きつけで、地元で大人気の居酒屋「赤坂 こみかん」の末安拓郎さん。

世界を舞台に活躍するスターシェフに加えて、もう少し身近な地元の憧れの料理人のトップクラスの技術や抜群のホスピタリティを目の当たりにした彼らは、何を得て何を感じたのでしょうか。彼らの中から、もしかすると未来のスターシェフが生まれるかもしれませんね。

締めのお食事
「桜海老ご飯 ビスクがけ」
「傳」長谷川さんと「フロリ」川手さんがコラボしたスープごはん。「傳」名物の土鍋の炊き込みご飯に、川手さんのフレンチのビスクを注ぎ、刻んだミントをトッピングしました。桜海老とミントの香りが意外にもマッチして、和食のような、フレンチのような、洋食のような。ジャンルはわからないけど、でもとびきりおいしい。
「赤坂こみかん」の作務衣を着て、主人の末安拓郎さんと共に現れた「傳」長谷川さんに、会場の盛り上がりはピークに達します。ゲスト 90 名すべてがカメラを向ける中、全員に笑顔で応えて会場を回りきった長谷川さんと末安さんの精神力。長谷川さんは、「傳」の開業当初から現在まで一貫して「日本料理は楽しくておいしいもの」と発信し続けていて、日本人の若い世代や外国人の、日本料理に対するイメージを「敷居が高くて近づきがたい」から「めちゃくちゃ楽しくてすんごいおいしい」に変えた人。かつてのように批判されても、現在のように世界的に評価されても、そのスタイルはまったくブレることはありません。

デザート
「島の塩ロールケーキ」「秋王のソルベ」「コンブチャのサバイヨン」

「ラシーム」高田さん、「ゴウ」福山さん、「オード」生井さんの合作。出身地である奄美大島の塩を使ったロールケーキを高田さんが、福岡のとっても甘いブランド柿「秋王」のソルベを福山さんが、コンブチャ(紅茶きのこ)のソースを生井さんが手がけました。

写真提供/前田耕司

各食卓に飾られたテーブルフラワーもまた、サプライズに満ちたものでした。料理のサービスと同時進行で、花人・赤井勝さんによるライブパフォーマンスが行われたのです。各テーブルを回り、8 品の料理と共に 8 つの花材をその場で生ける演出で、デザートが提供されて食事が完成すると同時にフラワーアートも完成しました。

花人・赤井勝さん(左)

自身も初の試みに「緊張しました」。ほっとした様子の赤井さんと、さっそく談笑する「傳」長谷川さんと「フロリ」川手さん。このふたりは、国籍や人種、言語、世代、性別、職業といった属性が異なる人を、場に引っ張り込んで溶け込ませ、笑顔にする天才なんです。

挨拶に立ったステージで、なぜか全員で手を繋ぎ、全員で照れるスターシェフのみなさん

ガストロノミーファンの話題をさらい、料理人たちの注目を集め、飲食業界を活気づけたこのイベント。もし世界に向けて、日本のガストロノミーの復活を誰かが高らかに宣言するとしたら。それは彼らであるべきだし、彼らであってほしいと私は思う。けれども、目立てば何かと中傷も浴びやすい日本で、これだけのことを成し遂げるには、大きなリスクを覚悟して引き受けたなともまた思います。だって彼らは、いくら星がつこうと、世界ランカーになろうと、国や大企業といった権力からは何ひとつ庇護されていない、いわば丸裸の個人事業主。何もしないという選択肢だってあったのに、リスクを取って大きな成功を収めました。徹底した対策をとってイベントを引き受けた、博多・天神「QUANTIC(クアンティック)」の英断にもまた拍手を。

地元の若手料理人がつくってくれたパスタでほっこりまかないタイム

新しい年を迎えて、そろそろゆっくりと旅やレストランめぐりを再開したいとプランを立てている人も多いのではないでしょうか。
そんな時はぜひ、彼らのレストランを思い出してください。ファインダイニングに慣れていなくても、料理やマナーに詳しくなくてもだいじょうぶ。絶対に人生の記憶に残る特別な時間を過ごせることを、ここに保証します。

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