転職とともにIターン、ワーク・ライフ・バランスを実現
VOL.26 中楯(なかだて)健介さん 1978年生まれ、46歳 界 アンジン
伊豆の海を見晴らす絶好の地に立つ「界 アンジン」。三浦按針を全面に押し出す温泉旅館です(→記事はこちら)。按針を深掘りするツアーを造成したスタッフの中楯健介さんは35歳で宿泊業に飛び込みました。
―――35歳での転職、中途採用とうかがいました。
転職には2つのきっかけがあり、ひとつは東京でウェブの制作会社で仕事をしていて、職場と自宅を往復する毎日でした。今は子どもが5人いるのですが、当時は2人で、子育てを自然豊かなところでしたいと思っていました。私は出身が千葉県なので、房総半島に自宅を置き東京に通うというのも考えたのですが、移住も視野に置くようになりました。しかし移住の懸念点は、仕事が役所系か、介護職などと限られるということでした。そんなときに星野リゾートの求人を見て、ホテル・旅館業に興味をもち、受けてみようと。
もうひとつのきっかけが2011年の東日本大震災でした。ウェブの仕事が激減してしまい、自分の仕事を立ち止まって考える時間ができたことです。
接客業は初めてで、戸惑いもありましたが楽しみも大きかったですね。妻とは子育てのビジョンを共有できていたので転職を応援してくれましたが、今までのキャリアをすべて捨てるということで義理の父には猛反対されました(笑)。
―――当初から界 アンジンの配属だったのですか。
2013年に入社し、旧アンジンに配属されました。その後、リニューアルのため「界 伊東」に移り、料飲関係の仕事をし、調理師免許も取りました。そして2021年に「界 アンジン」へ。それまでは厨房で調理の仕事がメインだったので直接お客様と接することが少なかったのですが、今は朝食サービス、チェックアウト、清掃、チェックインなどを行なっていますので、お客様との会話も楽しく、自分の視野も広がっていると感じます。
また、三浦按針について勉強する機会が増え、「今こそ知りたい、按針深掘ツアー」の造成に関わりました。
―――按針深掘ツアーについて教えてください。
伊東市は三浦按針(ウィリアム・アダムス)の故郷であるイギリス・メドウェイ市と友好都市になっており、毎年交換学生プログラムを組んでいます。そのプログラムに長女が選ばれ、プライベートでも三浦按針に関わる機会がありました。そのようなきっかけで毎年8月10日に行われる按針祭の式典に参加しました。市長をはじめ各国の大使らが集まり、按針の功績をたたえる式典です。そこで感じたのが、伊東市の方やイギリスの方が三浦按針に対して誇りを持っているということでした。そこで自分でも三浦按針についてもっと深く知りたいと思うようになりました。
伊東には地域住民で結成している按針会という会があり、知識豊富な方々ばかりが所属しています。その方たちと交流を深めて、その中で生まれたのがこのツアーです。按針の足跡をお話ししながら街歩きをして、観光施設の東海館にある按針の部屋を案内します。実際に按針が造船を指揮したサン・ブエナ・ベントゥーラ号がここで造られて、太平洋を渡ったんだと感じていただくことで、按針の生きた時代に想いを馳せて追体験ができると思います。参加されたお客様からも好評ですので、お客様の声をお聞きしながら、ツアーも磨いていくことができればと思っています。
―――朝食についてもアイディアを出されたとか。
3年前に提案し、味噌汁からスコッチブロスに変更しました。スコッチブロスは肉、野菜、大麦、豆などの穀物類がたっぷり入った英国の伝統的なスープです。やはり三浦按針をテーマとした宿のコンセプトを考えたときに、朝食に何か縁のあるものを1品入れられないかと考えました。
本場のスコッチブロスはブイヨン味ですが、日本旅館なのでご飯に合うようにと、和風だしと白味噌で仕立てることにしました。料飲の仕事の経験が役立ったと思うのですが、関わるチームスタッフを巻き込み、試行錯誤を繰り返すのが大変でした。良い経験ができたと思います。
―――プライベートの時間は何をしていらっしゃいますか。
10年ほど前から畑を借りて野菜作りをしていて、今年からは米作りにも挑戦しようと思っています。6月には田植えをする予定です。自分の興味の幅を広げようかと。30歳くらいまでは仕事一筋でしたが、伊豆高原に家を建て、ここを拠点と決めてからは畑仕事にも精を出していますし、冬は釣りも楽しんでいます。今ちょうど夏野菜が収穫できるようになり、出勤前にキャベツやレタス、胡瓜、茄子、トマトなどを収穫しています。
また、子どもとの時間も増えて、ワーク・ライフ・バランスが確立しています。仕事とは異なるフィールドを持ち、楽しむことで仕事も充実すると感じています。伊東という土地が大好きで、お客様にその想いを還元したいと思っています。
畑での作業(本人提供)
関屋メモ
人生の決断に遅いということはないと、中楯さんと話をして強く感じました。これまでのキャリアを捨て見知らぬ土地で見知らぬ仕事、それを楽しめるかどうかは人間力が問われるところなのでしょう。お子さんは女の子が4人、男の子がひとりということで、男同士二人でツーリングを楽しんでいるそうです。また、第5子誕生の際には奥様の産後1か月と、奥様が仕事に復帰するタイミングで翌年1か月の休暇を取ったといいます。世のお父さんへ、ぜひ育休を取ってください!とのことでした。家族の絆が強くなるはずですよ。
取材・文/関屋淳子 写真/yOU(河崎夕子)