日本に漂着し、徳川家康によって三浦按針の名を授かり武士となった英国人航海士・ウィリアム・アダムス。相模湾に面する「界 アンジン」はそんな按針ゆかりの地に建ちます。大航海時代のロマン漂う宿ということで、アプローチは船に乗り込むデッキをイメージ、館内随所にも海や船旅をイメージしたデザインが施されています。
ゲストを迎えるトラベルライブラリーには、三浦按針が造船した日本初の西洋式帆船、サン・ブエナ・ベントゥーラ号の模型が置かれ、彼が航海したルート沿いの国や地域の紅茶とハーブが用意され、好みのお茶を作ることができます。そして何よりもほかの「界」と異なるのが洒落たジャズがレコードプレーヤーから流れていること。一気に外国客船の気分に浸れます。
手業のひとときでブルワリー探訪
今回の滞在は、手業のひととき「伊豆の恵みで育むクラフトビールのブルワリー探訪」のステイプランです。滞在日1日目に、ベアードブルワリーガーデン修善寺を訪ねます。創設者のブライアン・ベアード&さゆりご夫妻から製造工程や、ビールにかける想いをうかがいます。
ご夫妻は2000年に沼津でビール事業を興し、わずか30ℓの醸造からスタート、現在は6000ℓへ。清潔感溢れるブルワリーでは、天城山の天然水と生ホップ、エール・ウィット・ラガーの3種類の酵母を駆使し、様々な味わいがある50種類以上のビールを生み出しています。元キャンプ場だったという敷地内の自社畑ではフレーバーとなる柑橘類や無花果、南瓜、ハバネロなどを栽培し、さらにビールに欠かせないホップづくりにも挑戦しています。
左上から時計回りに乾燥・保存している生ホップ、清潔感溢れる施設、ちょうど梅の実がたわわに、ホップもすくすく生育中
喉越しスッキリのビールだけではない、しっかりした苦みやスモーキー感や、柑橘の香りに包まれたり、刺身に合うすっきりとした味わいなど、バランスと複雑さを備えた個性豊かなビール本来の魅力を伝えたいと、さゆりさんは話します。また、友人のデザイナーさんが手掛ける版画のラベルではビールの歴史と家族のストーリーを伝えたいとのこと。将軍のようなベアードさんや着物姿のさゆりさん、4人の娘さんたちの後ろ姿など、とてもユニークです。
種類豊富なビールはお土産に! ギャラリーのようにラベル版画が展示
見学後は20種類ものビールを用意するタップルームで試飲です。定番や季節限定品などを楽しみます。どれも味わい深くて、いつまででも飲んでいられる! 「とりあえずビール」ではない、この土地で生まれるほんもののクラフトビールのなんて美味しいこと! そして自分の好みも明確になるのも面白いところ。私は苦味強めのIPAより、地元の山葵と緑茶を使った清々しいビールが気に入りました。
テイスティングスタート
ベアード夫妻
ビール尽くしの滞在がスタート
このプラン、見学のあともお楽しみは続きます。チェックイン時、湯上がり、夕食時と、滞在シーンに合わせたベアードビールが提供されます(お土産も!)
部屋でまず楽しむウェルカムビールが「ライジングサンペールエール」。ホップの風味豊かなペールエール、三浦按針の祖国・イギリス発祥のビールです。そして湯上がりに用意されているのが「修善寺ヘリテッジへレス」。へレスラガーはドイツ・バイエルン地方のスタイルで、のどの渇きをいやすのにぴったり。おつまみの鹿ジャーキーとの相性も抜群です。
じつはこのプランでなくても、誰もが湯上がりにビールが堪能できるのが、「界 アンジン」のすごいところ。なんと湯上がり処に、ビールタップがあり自由にIPAの「インドの青鬼」がいただけるのです。入浴前にぜひ参加してほしい「温泉いろは」では、なぜ、IPAが置かれているのかも紹介。IPA=インディア・ペールエールは、インドがイギリスの植民地時代に、現地のイギリス人に送るために誕生したビール。輸送の船旅での腐敗を防ぐため防腐剤としてホップを大量に入れたものなのです。
海を見晴らす大浴場でアルカリ性の高い美肌の湯に浸り、極上の一杯を船の甲板をイメージしたサンブエナデッキで。
左上から時計回りに、温泉いろは、露天風呂、サンブエナデッキ、湯上がり処ビールタップ
夕食の会席料理にはベアードビールの季節限定品「セゾンさゆり」が登場。先付のオリジナルパスティと合わせます。パスティはイギリスの伝統食でひき肉のパイ。牛ひき肉と蕪を使い、スパイシーで華やかなビールとよくマッチします。
そして宝楽盛りは、アフタヌーンティー仕様で。金目鯛などのお造りや趣向を凝らした八寸などが美しく登場します。
台の物は金目鯛のブイヤベース。旨みの強い出汁とぷりぷりの魚介、さらに和風のカレーを加えてご飯とともに。ブイヤベースに重なるカレー感がちょうどよく、ひとり用の小鍋なので、きれいにぺろりと平らげてしまいました。
三浦按針を深掘りする仕掛け
翌朝は、現代湯治体操で体を整えましょう。会場はなんと屋上!参加者限定の景色が待っています。そして朝食にはイギリスの伝統的なスープ・スコッチブロスが楽しめます。工夫された味わいでご飯ともぴったりです。
ご当地の歴史や文化を繙いてくれる「ご当地楽」は、「アンジン紀行」と題し、三浦按針の生涯や造船の歴史について映像を使って紹介します。1600年、36歳のときに大分に漂着し、以来徳川家康に重用されたウィリアム・アダムス。家康からの造船命令により、宿が立つまさにこの場所で造船が行われました。立地条件や天城山の豊富な木材、腕のいい大工がいたことが決め手となったそう。砂浜に穴を掘り丸太を敷いた上で船を造る砂ドックという方法が用いられました。
それにしても、母国を出港してから一度も帰国できずに異国の地で一生を終えることになるとは、そんな数奇な彼の運命を知ることができます。
さらに深掘りしたい方は、「今こそ知りたい、アンジン深掘ツアー」に参加を。歩いて三浦按針ゆかりの地を巡ります。海沿いの按針メモリアルパークには彫刻家・重岡健治氏による三浦按針の胸像と洋式帆船サン・ブェナ・ヴェンツーラ号の像があります。また、文化施設である東海館には、按針の部屋もあり、関連資料が展示されています。アメリカのエミー賞を受賞した「SHOGUN 将軍」には三浦按針をモデルとした主要人物も登場しているそうです。
ところで按針とは水先案内人の意味だそう。日本で活躍した異国の侍はこの宿や、伊東市の水先案内人として今も活躍しているというわけですね。
静岡県伊東市渚町5-12
電話:050-3134-8092(界予約センター)
1泊3万1000円~(2名異質利用時1名あたり、税込み、夕朝食付)
手業のひとときは1名7000円(税込み、宿泊費別)
取材・文/関屋淳子 写真/yOU(河崎夕子)