第113回 土・木・石・布の匠の技に触れて、使って、音を聞いて…とちぎ民藝のぬくもりあふれる「界 鬼怒川」(栃木県・日光市)

鬼怒川を囲む山と渓谷に面した木々、それらが錦秋に染まるにはまだちょっと早い10月中旬。清々しい秋晴れのなか、「界 鬼怒川」を訪ねてきました。9月中は天候が不順な日が多く、ここにきてようやくカラリと晴れたとのこと。これから昼夜の寒暖差が広がり、ぐっと景色も秋支度をはじめることでしょう。
今回は芸術と食欲の秋を楽しむ、のんびり滞在をご紹介します。

栃木って実は民藝の宝庫? エントランスでも客室でも、様々な用の美を感じる滞在

鬼怒川のほど近くの高台にある、緑に包まれた施設へは、スロープカーで向かいます。車で来た人も下の駐車場に車を置いていくので、エントランスホールからすでに喧騒を感じさせない別天地です。

▲左)オブジェの花はスタッフが1週間ごとに生け替えています 
右)
水琴窟は柄杓で水を灌ぐと、音が重なりより涼やかな音色に

ホールには、益子焼でできた水琴窟が澄んだ音を奏で、大谷石のエントランスオブジェは季節の花で彩られています。「界 鬼怒川」では栃木県内の伝統工芸品にたくさん触れることができると聞き、楽しみにしてきたので期待が高まります。

▲ 色づき始めた中庭。酷暑の影響で、紅葉の見ごろは11月中旬になりそうとのこと

中庭には木立が生い茂り、森を切り取ったような印象。30本ほど植栽されたモミジは、数本が少し色づき始めていて、これから始まる絢爛たる紅葉ショーのプロローグを予感させます。

▲左)大ぶりの益子焼の壺たちがお出迎えしてくれます 
右)トラベルライブラリーの一角が豆皿ギャラリーになっています

エントランスロビーに入ると、益子焼の壺型のオブジェの向こうに、「界 鬼怒川」の代名詞ともされる、豆皿ギャラリーがお目見え。想像していた数の倍ほどの豆皿がずらーっと並んでいます。

よく見ると、益子焼ではなさそうな豆皿も並んでいるみたい…。この謎は、夜9時15分から開催されるご当地楽の「益子焼ナイト」で解明されるとのこと。

ショップには益子焼をはじめ、県内の伝統工芸品の栃木線香や黒羽藍染の商品が並んでおり、エントランスから”モダンなとちぎ民藝と木漏れ日の中庭“という「界 鬼怒川」のコンセプトを体感できます。

▲ショップには箸置きやお箸、豆皿などの益子焼、火を使わない置き型のお香、
団扇や巾着などの黒羽藍染など、気軽に日常に取り入れられる伝統工芸品が並びます

中庭を囲む低層の客室棟は、全室が「とちぎ民藝の間」。「界」に泊まる魅力のひとつともいえる、その土地の工芸品や民芸品を客室内の設えに取り入れた「ご当地部屋」ですが、全室に「ご当地部屋」を取り入れた最初の施設が、ここ「界 鬼怒川」なんです。黒羽藍染、益子焼、大谷石、鹿沼組子が主張しすぎずに調和した居心地の良い空間で、大きく開いた窓の外には四季折々の天然色が広がっています。

▲リビングとベットルームが、黒羽藍染を使った障子で仕切られた、居住性の高い客室

鬼怒川温泉には大規模で豪華絢爛なホテルも多いなかで、日用品から発展した民藝品が持つ「和の快適性」と、季節を感じられる景観を持ち味とした「界 鬼怒川」は、独自の魅力を放っているといえます。

▲部屋に置かれた伝統工芸品の数々。見るだけでなく、触れることができるのが、ご当地部屋の魅力です

より民藝に興味のある方は、実際に黒羽藍染作家の工房を訪ね、その特徴や歴史の説明を受けて、型紙や道具、藍甕などを見学できる<手業のひととき「200 年の歴史を継ぐ『黒羽藍染』の若手職人による工房ツアー」>というアクティビティもあるので、ご興味ある方は開催日に合わせての宿泊予約をおすすめします。

48室ある客室のうち、20室には温泉露天風呂があり、滞在中いつでも入浴できます。私のお部屋も露天風呂付でしたので、何はともあれまずは温泉! と、早速お湯を楽しんでいると、「ポーーー!!」と、蒸気機関車の汽笛が!
「なに!? この旅情感っ!」
今までいろいろと温泉には入ってきましたが、このタイミングでの汽笛はなかなかない体験です。あとで調べてみたら、東武鉄道のSL大樹が、ちょうど鬼怒川温泉を出発する時間でした。ベストタイミングのサプライズもまた、旅の醍醐味ですね。

通年イベントに、季節のアクティビティを組みあわせて、滞在をより深く、濃いものに

湯上がりに向かったのは、トラベルライブラリーで11月末まで開催中の、紅葉とご当地ワインを楽しむ「紅葉アペロ」です。
アペロとはフランス語で、夕食前に軽くお酒を楽しむ時間のこと。栃木県足利市にあるココファームワイナリーの収穫祭用に醸造されたワインやホットワイン、ワイン紅茶を、焼き菓子と共に楽しむアクティビティです。グラスはもちろん益子焼。陶器のワイングラス、憧れだったんです! 色合いも形もとっても素敵で、秋にぴったり。私はせっかくですので収穫祭ワインの赤と、栗の形をしたマロンケーキを選びました。

▲個性的な模様の入ったワイングラスでアペロのひとときを楽しみます

柔らかな果実味と酸味、軽やかながら芯のある味わいで、ようやく過ごしやすくなった秋の夕暮れに飲むのにちょうどいい重み。ぽってりとした口当たりの益子焼のグラスとも相性は良いようです。エチケットのイラストは、アニメーターで映像作家の堀口忠彦さんが手掛けており、日光東照宮の三猿の「言わざる」をモチーフにしています。
「紅葉アペロ」の時期には中庭にベンチが置かれているので、外で紅葉狩りしながらのアペロもできます。もっと秋が深まれば、紅葉の下でホットワインも良さそうです。

「紅葉アペロ」
2024年10月1日(火)〜11月30日(土)
3:00PM~5:00PM(4:30 PM最終提供)
ココファームワイナリー収穫祭ワイン(赤・白)1杯1,200円(税込)
焼き菓子 1つ450円(税込)

▲紙芝居形式で鬼怒川温泉の歴史を紐解く「温泉いろは」。界の湯めぐりを楽しめる「お湯印帳」ももらえます

▲ドリンクやアイスキャンデーを片手に一息つける湯上り処。ここでも黒羽藍染のファブリックに親しめます

夕方16時からは、湯上り処で開催される「温泉いろは」に参加して、鬼怒川の歴史と入浴法を学んでから、大浴場へ。秋の日はつるべ落としなので、周囲の山々の紅葉を愛でるためにも明るいうちに入浴の時間を設けておきましょう。

 大浴場の露天風呂やその周りには桜の木が植えられており、春は花見、夏の緑、秋の紅葉、冬の雪見と、しっかりと四季を満喫する湯あみを楽しめるのだそう。季節の四大魅力を網羅できる湯船は意外とありそうでないもの。全シーズン、訪ねたくなってしまいますね。

▲周囲の彩りが映える露天風呂。紅葉が待ち遠しい!(写真は男性露天風呂です)

▲大浴場と客室棟を結ぶ回廊には、「益子焼と黒羽藍染の灯籠」が並んでおり、夜は情緒たっぷり

 旅先ではついつい欲張ってしまいがちなのですが、なぜかこの「界 鬼怒川」は、私のエンジンをかけさせません(笑)
「たまにはゆっくりしてもいっか。ここのところ、がんばってたし…」
そんな骨休めマインドへと自然といざなってくれるようです。
湯上りには客室でゆっくりと鹿沼組子のキットを作成して、民藝の世界に没入。なんとも贅沢な時間でした。

▲江戸時代に日光東照宮の木工職人の手業から生み出された「鹿沼組子」。キットは手軽にオブジェを作れます

 おなじみの食材との新たな出会いと、使うからこそわかる益子焼の手馴染みの良さ

食事処は、プライベート感のある半個室か、中庭を望むカウンター席で構成されています。
私は半個室にて、「鮎の石焼き」をメインにした特別会席を味わいます。特別会席では、鬼怒川の清流の恵みや狩猟が盛んに行われている地域性を活かし、夏から秋(10月末まで)は鮎を、冬から春は猪肉とサクラマスの鍋物を台の物として提供しています。

▲意外な食材の組み合わせで食欲を刺激する界名物の「ご当地先付け」(左上)に始まり、ハナビラタケや
マイタケなどキノコの旨味が広がる煮物椀(左中)、そして、
アフタヌーンティのような鹿沼組子のタワーの
宝楽盛り(右)。テーブルの端では土鍋に火が点けられ
(左下)、お楽しみが進行中!

器のほぼすべてに益子焼を用いていて、見るだけではなく、実際に使って食事ができるのも嬉しい体験です。こうして使うことで、日常使いでのヒントが得られて、「よし、益子焼を我が家にお迎えしよう!」という気になります。
八寸と酢の物、お造りが一体となった宝楽盛りは、鹿沼組子と黒羽藍染を用いた台座で登場。繊細ながらしっかりと組みあがった組子、キリリと染め抜かれた藍染の美しさも一緒に味わえます。

台の物は、日光の山間部に伝わる昔からの食べ方にヒントを得たもので、鮎や牛肉、季節の野菜を2種類の味噌と共に石焼きします。鮎は4時間かけてコンフィにしてあり、鬼怒川の流れに見立てた白玉味噌がふつふつと音を立て始めたら食べごろです。一方の牛肉と野菜は赤味噌に絡めるのですが、この2種の味噌が秀逸な美味しさで、お酒にもご飯にもぴったり。

▲10月末までは鮎がメインの台の物。W味噌が秀逸!

ちょうど、食事が始まったときに火を点けた美濃焼の特製釜では「干瓢と実山椒の土鍋ご飯」が炊きあがり、ついついお替りの手が止まらず…。「食欲の秋」という言葉を免罪符に、本日も満腹です。

▲甘味は豆乳のパンナコッタの干瓢のコンポート添え。「1週間前にお誕生日だった
ようですので」とサプライズでバースデー仕様にしてくださいました。嬉しい!

随所に栃木県産食材のエッセンスを利かせているのですが、なんといってもそのポテンシャルを感じさせてくれたのが、干瓢です。寿司ネタの甘く煮しめた茶色い姿が目に浮かびますが、元は夕顔というウリ科の植物で、淡白な味わいが特徴です。義実家が栃木なので、冬瓜のように炊いたものは割とよく食べるのですが、今回は酢の物と炊き込みご飯、甘味に使われていて、新たな出会い! まさに界のコンセプト「王道なのに、あたらしい」体験でした。

触れて、使って、いよいよその音を聞く! 益子焼により一歩近づく「益子焼ナイト」

21時15分からは、楽しみにしていたご当地楽の「益子焼ナイト」です。
ご当地楽は、地域の歴史や文化を楽しく学べる「界」オリジナルのイベントで、施設によって体験型や鑑賞型など様々なスタイルがあります。「界 鬼怒川」は、少し体験を交えた鑑賞型になるでしょうか。益子焼を愛するスタッフが「益子焼マイスター」となり、その歴史を紐解き、クイズを折り交ぜながら特徴を学び、最後には益子焼でできた楽器演奏を楽しみます。

▲エントランスロビーが「益子焼ナイト」の会場に。いくつかのお皿が
セットされていて「何をするんだろう?」とワクワクします

まずは豆皿ギャラリーから、好みのお皿3枚を木皿に取ってきます。ひとしきりレクチャーを受けた後で、果たして益子焼かどうかの答え合わせをしてくれます。やっぱり益子焼でない焼き物も混ざっていたんですね。

▲私が選んだお皿3種。真ん中と右が益子焼でした。

益子焼かどうか、よりも、好きかどうか、で選んだ3枚でしたが、私の場合は、2枚が益子焼、1枚が益子の土をブレンドした宇都宮の作家さんのオリジナル作品でした。ということは、結構私、益子焼が好きなのかも。自分が好きなテイストが何焼きなのかは、たくさんの焼き物を同時に見ないとわからなかったりするので、とても参考になりました。

▲益子焼の歴史や土や釉薬について、マイスターが解説してくれます

そして、最後の演奏に用いられる太鼓は、到着時に出迎えてくれたあの壺! じつはオブジェではなく楽器だったんです。益子焼の楽器作家とコラボレーションしたオリジナル楽器で、大きさや背の高さ、中に入れた小石の量などで音程を調節してあり、ウレタンを張ったラケットのような専用の道具で口を叩くと、様々な音がします。一方の縦笛は、本物のリコーダーと穴の位置など寸分たがわず作られており、やや重そうな見た目とは裏腹に、とてもよく響く軽やかな音を奏でます。

想像していたよりもずっと旋律のある楽曲で、西洋の楽器とは違う温かみのある音が心地よく、あと数曲は聞いていたくなる素晴らしい音色でした。
「益子焼ナイト」に参加したおかげで、そのあと豆皿ギャラリーで目利きをしてみたところ、ちゃんと益子焼を見極められるようになっていました。私も「益子焼マイスター」に仲間入りできるかもしれません。

客室へ戻り、益子焼の湯のみに生姜湯を入れて、大谷石のテラスで余韻に浸っていたら、虫の声と共に、恋の季節を迎えた雄鹿の「キューーーン」という鳴き声が聞こえました。静けさが際立つ里山の夜のひととき、旅ならではの時間を楽しみました。

栃木の郷土料理を織り交ぜた朝食は、中庭をのぞむテラス席で

▲朝イチの露天風呂は格別の爽快感。肌に優しいアルカリ性単純温泉で湯音もほどよく、毎日入りたくなります

翌朝は早起きして、もう一度部屋の露天風呂で朝風呂を楽しんだあと、「木漏れ日体操」に参加。目覚めの呼吸法を学んで、参加者皆さんで深呼吸したり、大きく伸びたり…。「界」では毎朝開催している、この朝のアクティビティに参加するかしないが、朝食の美味しさに響いてくるように感じています。

 ▲朝の清々しい空気の中で行う「木漏れ日体操」

ということで、しっかり体操して、朝食へ。
界のあさごはんは、日本の正しい朝ごはんって感じで、とっても好きなんです。今朝は朝日が差し込むテラス席。「しもつかれ」や「ばっとう汁」などの栃木ならではの郷土料理も並びます。

 ▲界流にアレンジされた郷土料理は、毎回驚きがあります。朝日が降り注ぐ中庭を臨みながらいただきます

食後はトラベルライブラリーでコーヒーを飲み、もう一度、豆皿の目利きを楽しみました。チェックアウトが12時と遅いので、ここから休憩をはさんで、もうひと風呂もありです。10時だとちょっと慌ただしいこともありますが、12時までなら、準備が整った時点で出発することができますね。

ところで、「界 鬼怒川」とはいいますが、宿からは鬼怒川の流れは見えませんし、川の音も聞こえません。しかし、そのことが何の差し障りにもなりません。
むしろ、風、鳥、虫の音。さらに蒸気機関車の汽笛や、求愛する鹿の声。そんな非日常のさまざまな音がもたらす「静けさ」に、ゆったりと心を預けて過ごすことができました。
調度品や料理から、鬼怒川らしさを受け取り、用の美に触れた、充足感のある2日間。干瓢の新たな一面にも出会いました。

▲もう半月もすれば、中庭はこんな紅葉の絶景にかわります。季節を変えてまた行きたくなります!

 ひとまず次のとちぎ旅は、民藝好きの友達を誘って、益子の陶器市にしよう! と決意しながら、宿を後にしました。

***

界 鬼怒川https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/kaikinugawa/
栃木県日光市鬼怒川温泉滝308
1泊 3万1000円~(2名1室利用時1室あたり、税・サ込、朝夕食付)

 取材・文/多田みのり

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