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 第4回旅恋交流会in日本橋

2013年11月30日に開催した第4回旅恋交流会の様子をご報告します。

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毎年恒例となった旅恋交流会。4回目は江戸文化息づく日本橋を、総勢15名でめぐってきました。

20131229kouryukai4-01.jpg案内役は「江戸の架け橋!日本橋めぐりの会」代表の川崎晴喜さん。江戸開府とともに歴史を重ねてきた老舗の伝統と心意気に惚れ込み、その魅力を伝えるツアーを催行しています。「顔しみ知りと仲良く長く続けたい」をモットーに、リピーター率は9割という人気ぶり。この日のツアーはなんと今年の通算482回目でした。のべ7000人の方が参加され、内400人は外国人だそう。「日本橋」は今やグローバルに親しまれる、人気スポットなんですね。

早速ツアーの詳細をご紹介しましょう。
集合は水天宮のロイヤルパークホテル。ロビーで川崎さんの軽快なお話が始まります。ご本人自ら「ほっとくと400年分しゃべっちゃう」とおっしゃるだけあり、立て板に水のごとく日本橋の歴史が紐解かれていきます。一番日本橋らしいお店とはどんなお店かに始まり、3つの神社の神域が交わる「日本のエルサレム」だというロイヤルパークホテルの立地について、日本橋では100年続かないと老舗とは呼ばないこと、江戸の町名は情景描写であることなど、散策を楽しむためのポイントが語られます。参加者もグイグイと話に引き込まれ、「へぇー」「ええっ!」「おぉ〜」と感心するばかり。今日1日でどれだけ日本橋に詳しくなれるか、ワクワクしてきます。
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●矢の根寿司

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まずはロイヤルパークホテル地下1階にある「矢の根寿司」へ。今は魚といえば築地ですが、元々魚河岸は300年以上、日本橋にありました。周辺には、すし・そば・うなぎ・てんぷら・おでんの屋台が連なり、ここで江戸の食文化が育まれていったのです。故に本物の美食を知る資産家は、日本橋に食事に来るのだとか。「矢の根寿司」は中央通りの路面店としては唯一の寿司屋で、川崎さんの口利きによりこちらへも出店されたとのこと。今日は貸切で、目の前で板前の包丁捌きを見学し、その後お寿司を味わいます。

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特設の板場スペースには金目鯛やタイラ貝、牡蠣、イワシ、アジ、イカなどが並べられており、解説付きで寿司ネタへと姿を変えていく様子を見ます。最初は銚子産の金目鯛を、腹・背・背・腹の三昧卸しに。当たり前ですが、「華麗」のひと言。タイラ貝は貝剥きを使ってこじ開け、片側の殻を使って貝柱を剥がし取ります。イワシは家庭でも参考にしやすいようにと手開きに。尻尾を落として内蔵を出し、腹に親指を入れて爪を立て、骨に当ててしごくように指を滑らせるのがポイント。またアジは小骨を抜く作業を披露。板長の手は長年の小骨抜きにより、指の付け根の筋肉が盛り上がっていました。美味しさの秘訣はこうした丁寧な下処理にもあるんですね。イカの甲の簡単な外し方も教えていただきました。なんだか料理の腕が上がるんじゃないかと、自分に期待したくなります。
お寿司を味わいながら、お酒や追加オーダーも入り、1店目から老舗を満喫ムードでした。

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ロイヤルパークホテルを後にして、水天宮の脇を通り、和菓子店「玉栄堂」を目指します。道中も、伊豆七島の天草を使った「寒天近松」や東京では2本の指に入るというクリームパンの名店「まつむら」、東京三大大福といわれる「三原堂」、1837年創業の老舗甘味処「初音」など、美味しそうな名店の紹介が織り込まれます。

●玉英堂

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創業は1576年、織田信長が生きていた頃から続く老舗中の老舗の和菓子店。23代目の大旦那と24代目候補の若旦那のお二人だけで伝統の味を守られています。看板商品の「洲濱(すはま)だんご」を振る舞ってくださり、若旦那がお店の来歴と御菓子の説明をしてくださいました。
20131229kouryukai4-30.jpg元々は京都三条河原町の橋のたもとにあった一杯飲み屋が始まり。江戸時代後期にお菓子の専門店となり、当時荒れ果てていた御所に納めていたのが「洲濱だんご」でした。大豆粉に蜜が混ぜてあり、米粉に蜜をいれた「すあま」よりも、軽くて香ばしくて懐かしい味わいです。
東京進出はずっと下って昭和26年のこと。東横のれん街のオープンに際して、京都からおかもちに3日分のお菓子を入れて運んできた所、初日の12時にはすべて売り切れ。これは東京へ行かねば!ということで、店を構えることになったといいます。今は京都を引き払い、デパート出店も辞め、人形町のこの一店舗のみで、先祖伝来の味を作り立てのうちに供しています。

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(左)三条京阪駅前にある高山彦九郎の像の木型や三条大橋の擬宝珠、京菓子の木型などルーツを
偲ばせる品々が飾られており、京都の風情と歴史が感じられます。(中)甘酒横丁の名称の元となった
甘酒屋「尾張屋」から、場所を引き継ぐ際の条件が甘酒を置くことだったそうで、今でも甘酒が売られています。

(右)もうひとつの代表菓子「玉饅」。栗を潰し餡、潰し餡・紅で染めた白あん、白あん、丈余饅頭で
くるんだもの。手作りの和三盆糖を使っており、あっさりとした上品な甘さです。

●双葉屋

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甘酒横丁に入り、豆腐店「双葉屋」へ。創業は1907年。人形町に店を構えたのは戦後だそうですが、四代続く豆腐の名店として知られており、お客さんで賑わっていました。店内には木綿豆腐、絹豆腐、焼豆腐、竹豆腐、丸篭豆腐、がんもどき、湯葉、納豆などが並び、豆腐好きにはたまらないラインナップです。特に名物のジャンボがんもどきは、普通のがんもの10個分という堂々たる姿で存在感抜群。米麹大豆の甘酒をご馳走になりながら、一同お土産選びに夢中に。私は野菜がんもととうふ唐揚げをいただきました。ふっくらとして風味豊かながんもどきと、何とも言えない歯ごたえがくせになる唐揚げ、いずれも美味でした。2階は豆腐料理店になっているので、趣向を凝らした豆腐の創作料理を味わうのもおすすめですよ。

●岩井つづら店

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続いて同じ甘酒横丁にある、東京ではここだけというつづらの専門店を訪ねました。江戸末期には創業されていたそうですが、呉服店の減少とともに、つづら屋も減ってしまったそうです。普段つづらに触れることなどほとんどありませんが、間近にみると意外と和モダンな雰囲気にもあいそうで、興味を引かれます。二つ折りの着物用や帯用、小物入れ、文箱など各種サイズがあり、紋と名前を入れて完成まで2、3ヶ月ほど。専門の職人に竹カゴを編んでもらい、角を補強して和紙を貼り、柿渋で下塗りして漆を塗って仕上げます。おもしろいのは、昔の質屋の台帳と新しい和紙をあわせて貼っているところ。新しい和紙は値段も高いし、少し古い和紙の方がコシが出るのだそうです。職人の智恵だなと感じました。外国の方の注文も多いそうで、横文字の名前が入れられたつづらも並んでいました。修理も行っていて、ちょうど店先には70年前のものが生まれ変わるのを待っていました。
オーダーメイドの一生もののつづら。軽くて丈夫な上に、通気性も防虫効果もインテリア性も高いとくれば、もっと人気が出てもおかしくないように思いました。中に入れる着物さえあれば(笑)、注文してみたいです。 

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一行は、木造三階建てのすき焼きの「日山」(都内の木造三階建てはこちらと根津のはん亭が残るのみ)や、100年以上続く老舗料亭「濱田家」を遠巻きに眺めつつ、金座通りを渡ります。
「下町は大通りより路地がおもしろいんです。路地が生きているのが下町で、ここにすんでいる人はみんな、路地で食べたり飲んだりして生活してるんです」と川崎さん。旅恋一行も右へ曲がり左へ曲がりと、路地ばかりを進んでいますが、いろいろなお店があり話題に事欠きません。さすが地元の人より日本橋を歩いているという川崎さんならではのナビゲートです。
歌舞伎の演目「与話情浮名横櫛」ゆかりの玄冶店や寄席の人形町末広の跡地を過ぎて、旅恋代表・関屋たっての希望でツアーに組み込んだ「うぶけや」へ。

●うぶけや

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1783年、大阪南区新町橋東詰で創業した日用刃物店。初代が打つ包丁や鋏が「産毛も剃れる・切れる・抜ける」と評判だったため、この名にしたとのこと。1800年代に入り江戸に進出し、維新の頃この地に移ったといいます。この日は8代目当主と奥様、9代目を継ぐ息子さんもいらっしゃって、商品や研ぎ場を説明してくださいました。
「うぶけや」を代表するものに、5代目弥吉が考案した裁鋏があります。文明開化期に築地の居留地に住む外国人から、洋服を作るための西洋風の鋏のオーダーが入り、試行錯誤して考案したのが元祖・裁鋏。今も店内に大切に飾られていて、大きく迫力ある姿を見ることができます。
また、東野圭吾の小説『新参者』では、食用鋏が取り上げられています。元々このあたりは花柳界の宴席が多く、芸者衆が客のために、食べにくい食材を切ってあげるのに使われた鋏だそうです。介護食や離乳食にも便利だそうで、我が家にも一丁いただきたいなぁと思いました。他所の刃物でも研ぎ直しを受けているそうで、毎週木曜締切の月曜仕上がり。それ以外の日は新しいものを作っているそうです。

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L字型の座売りに唐傘天井の店構えも風情があり、愛用の一丁をこころして買い求めたい...、手入れをきちんとしてもらって長く使いたい...。そんな物への想いが深まる空間でした。お土産に小型の爪切りをくださいました。切れ味よく、お化粧ポーチに偲ばせるのにちょうどよいサイズで、早速重宝しています。

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人形町という地名は、このあたりに人形浄瑠璃が10座ほどあり、浄瑠璃関係者がたくさん住んでいたことに由来するそう。その謂れに因んだという、人形作家の辻村寿三郎さんの工房と展示施設を見遣り、江戸橋方面に進みます。浅草寺の二天門に大提灯を掲げる小舟町(この町会だけで20年に一度、400万円をかけて提灯を架け替えている)を通り、昭和通りを左折。修復中の三菱倉庫本社を過ぎ、逓信省跡に建つ日本橋郵便局へ。前島密の銅像と手紙の木を見て、永代通りに出ました。
今日のツアーは女性が多いということで、特別に創業1806年の和紙の「榛原」にも立ち寄りました。可愛らしい紙ものに釘付けの女性陣。お財布のひもも緩みっぱなしです(笑)。

●薮伊豆総本店

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いよいよ本日最後の老舗。創業は天保年間(1830〜1843年)に遡ります。元々京橋で「伊豆本」の名で蕎麦屋を営んでいましたが、1882(明治15)年に神田やぶそばの暖簾に統合され、薮伊豆となったといいます。
そば粉は玄そばを使っており、入り口横にある製粉所で毎日その日に使う分だけを石臼を使って挽いています。香り豊かな蕎麦は2枚一組になっていて、じっくりと味わうことができます。

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京橋に店があった頃から座敷で落語会を催しており、日本橋の店でも3階広間に高座が設えてあり、蕎麦と落語を楽しむ会が定期的に開かれています。というわけで蕎麦を堪能した後は、江戸を体感した1日の締めとして落語を拝聴しました。
20131229kouryukai4-33.jpgこの日は女性落語家・三遊亭粋歌さん主演で、女性講談師・一龍斎貞鏡さんを迎えての「すいかの女子会」。落語と講談を一緒に楽しめるなんて、ちょっと得した気がします。二ツ目の粋歌さんは会社勤めの経験があり、OLネタの新作落語に定評があります。演目は「代脈」「銀座なまはげ娘」「死んだふり」の三席。また同じく二ツ目の貞鏡さんは「黒田武士」を披露。始まる前は"ちょっと長いかも..."と思っていた2時間が"え、もう終わり?"と感じるほど、楽しいひとときでした。旅恋一行は川崎さんのアレンジにより先に食事をしましたが、直接「すいかの女子会」を予約すれば、終演後に粋歌さんたちと一緒におつまみとせいろそばを楽しむこともできるそうです。

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粋歌さん・貞鏡さんと一緒に、締めの記念撮影!

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外に出るとすっかり夜。江戸から現代へと戻る時間がやってきました。たくさん老舗に触れたなぁと思ったら「まだ序の口ですから、もっともっと日本橋に通ってください」と川崎さん。終始笑いと驚きと感心に包まれた旅恋交流会が無事終了しました。
参加者の皆さん、ご案内いただいた川崎さん、そしてお忙しいなか手を止めてご説明いただいた老舗の皆さん、本当にありがとうございました。
(報告 多田 みのり)