会員登録はこちら!
HOME << 歴史 << 世界遺産への旅Vol.11-1 琉球王国のグスク及び関連遺産群(前編)
歴史 記事
 世界遺産への旅Vol.11-1 琉球王国のグスク及び関連遺産群(前編)

沖縄の「琉球王国のグスク及び関連遺産群」は、5つのグスク(城)と4つの関連遺産を合わせた9つの構成資産から成る世界遺産です。中国や東南アジア諸国との交易で栄えた独立国家「琉球王国」の文化や信仰の独自性が評価され、2000年、世界遺産に登録されました。

今年2月、9つすべてを巡ってきたので、2回に分けて簡単にご紹介したいと思います。

前編では5つのグスクへとご案内します。

●首里城跡(しゅりじょうあと)

 

20150325ryukyu001.JPG

15世紀前半、琉球を統一した尚巴志(しょうはし)は、王朝の都を首里に置きました。幕末までの約450年間にもわたり栄え、最盛期には奄美群島から先島諸島までも統治。国王の居城かつ、政治・外交・文化の中心地となったのが首里城です。

 

20150325ryukyu002.JPG

2000円札にも描かれる「守礼門(しゅれいもん)」をはじめ、「歓会門(かんかいもん)」「瑞泉門(ずいせんもん)」「漏刻門(ろうこくもん)」「広福門(こうふくもん)」と多くの門をくぐり、「下之御庭(しちゃのうなー)」へと進みます。ここまでは無料区域です。

 

20150325ryukyu003.JPG

チケットを購入して、「奉神門(ほうしんもん)」を通ると、ストライプ模様が印象的な「御庭(うなー)」と、中国建築の影響を強く受けた真っ赤な「正殿」が目に飛び込んできます。城と言っても本州の城とはまったく違うもので、沖縄の独自の文化が感じられます。
見学コースは番所から南殿や書院、奥書院、正殿、北殿へと進みます。琉球王国の美術工芸品や再現された往時の建築や庭園など見どころがいっぱいです。

 

20150325ryukyu004.JPG

なかでも見落とさないでいただきたいのは、正殿の1階床下に保存されている遺構です。ガラス越しに見学できるのですが、この遺構が残っていたからこそ城跡として評価され、世界遺産に登録されたのです。正殿は琉球王国時代に3度焼失しています。現在の色鮮やかな正殿の建物は、沖縄戦で焼失した18世紀の建物をモデルに1992年に復元したものです。

 

(DATA)
那覇市首里金城町1-2
098-886-2020(首里城公園管理センター)
開園時間/(無料区域)8:00~18:30(4~6月、10~11月は~19:30、7~9月は~20:30)、(有料区域)8:30~18:00(4~6月、10~11月は~19:00、7~9月は~20:00、※入館券販売締切は閉館時間の30分前まで)
休館日/有料区域内施設と首里杜館のみ7月の第1水曜日とその翌日
料金/大人820円
交通/(モノレール)ゆいレール首里駅または儀保駅から徒歩約15分、(バス)市内線(1、14、17番)、市外線(46番)で「首里城公園入口」下車、徒歩約5分、首里城下町線(7、8番)、ゆいゆい号で「首里城前」下車、徒歩1分など、(車)那覇空港から約10km


●今帰仁城跡(なきじんじょうあと)

 

20150325ryukyu006.JPG

沖縄本島の北、本部半島にあり、首里城に次ぐ規模を誇るグスク。琉球統一以前、富と権力を有した按司(あじ)と呼ばれる首長が沖縄各地に生まれました。14世紀頃には、北山(ほくざん)、中山(ちゅうざん)、南山(なんざん)の3つの地域に分かれ、勢力を誇る三山時代に入りましたが、今帰仁城は北山王の拠点となった場所です。
1416年には、琉球を統一する中山軍の尚巴志に攻められ落城しました。その後、今帰仁城は北部への備えとして監守が置かれ、利用され続けました。

 

20150325ryukyu007.JPG

こちらの「平郎門」は昭和37年に修復されたもの。城門から本丸までは石畳道が続いています。例年1月下旬には石畳の道沿いの寒緋桜が咲き、2月上旬までライトアップなど桜まつりも開催されています。


20150325ryukyu008.JPG

堅牢な造りの城郭の広さは約4ha(ヘクタール)、城壁の全長は1.5kmにもわたります。石畳の先の階段か、その右側にある旧道を上ると、大庭(うーみゃー)、さらに奥には女官たちがいたという御内原(うーちばる)が広がっています。御内原から海と城壁を一望する眺めは必見です。


20150325ryukyu009.JPG城内で最も東に位置する志慶真門郭(しげまじょうかく)は、城主に仕えた人々が住んでいた場所と考えられており、建物跡や武具・陶磁器などの出土品も発掘されています。


(DATA)
国頭郡今帰仁村字今泊5101
0980-56-4400(今帰仁城跡管理事務所)
営業時間/8:00~18:00(5~8月は~19:00)
無休
料金/大人400円 ※今帰仁村歴史文化センターと共通
交通/(バス)那覇空港または那覇バスターミナル(旭橋駅)から名護バスターミナル行き高速バス111番で約1時間33~45分、終点下車。名護ターミナルで路線バス66番(循環)に乗り換え約40分、「今帰仁城跡入口」下車、徒歩約15分、(車)沖縄自動車道許田ICから国道58号、県道84・72号、国道505号線経由で約40分

 

●座喜味城跡(ざきみじょうあと)

 

20150325ryukyu010.JPG

座喜味城は、15世紀初頭、築城家として名高い按司・護佐丸(ごさまる)によって築かれた城。護佐丸は、尚巴志率いる中山軍の武将として、北山攻めに参加し、武功をあげた後、この城を築いたといわれます。

 20150325ryukyu011.JPG

グスクは、西海岸を見渡す標高約120mの丘の上に位置し、2つの郭(くるわ/囲いのこと)から成る連郭式となっています。琉球石灰岩を積んだ城壁は曲線を描くように築かれています。

 

20150325ryukyu012.JPG

各城郭に設けられた美しいアーチ門は、沖縄最古。アーチ石がかみ合う部分には、"くさび石"がはめ込まれ、強度を増す工夫がされています。奥の一の郭のアーチ門は復元されたものですが、手前にある二の郭のアーチ門は当時のものを修復したものとなっています。

 

(DATA)
中頭郡読谷村座喜味708-6
098-958-3141(読谷村立歴史民俗資料館)
見学自由
交通/(車)沖縄自動車道沖縄南ICから国道58号経由で約25分


●中城城跡(なかぐすくじょうあと)

 

20150325ryukyu013.JPG

東に太平洋、西に東シナ海を望む、標高約160mの丘陵にある山城です。座喜味城の護佐丸が首里王府の命によって勝連城の按司・阿麻和利(あまわり)をけん制するために移り、増改築を進めました。しかし、1458年、護佐丸は謀反を疑われ、王府軍に滅ぼされてしまいます。

 

20150325ryukyu014.JPG

6つの郭から構成された城壁は、琉球石灰石の切り石が積まれ、美しい曲線を描いています。現存するグスクの中では最も遺構が残っているといわれています。

 

(DATA)
中頭郡北中城村字大城503
098-935-5719
観覧時間/8:30~17:00(6~9月は~18:00)
無休
料金/大人400円
交通/(車)沖縄自動車道北中城ICから約10分


●勝連城跡(かつれんじょうあと)

 

20150325ryukyu015.JPG

沖縄本島の東、太平洋に突き出た勝連半島のつけ根に位置しています。10代目城主・阿麻和利(あまわり)は、海外貿易によって繁栄をもたらしましたが、最後まで琉球王国の統一に抵抗したため、第6代琉球国王の尚泰久の軍によって1458年に滅ぼされてしまいます。

 

20150325ryukyu016.JPG

標高60~100mの丘陵の崖地形を利用した城郭は、4つの曲輪(くるわ)が階段上に連なる石垣が美しい姿を見せています。建物などは残っていませんが、二の曲輪には基壇が残り、日本の大和瓦なども多く発掘されているそうです。

 

(DATA)
うるま市勝連南風原3908
098-978-7373(勝連城跡休憩所)
見学自由(※勝連城跡休憩所は9:00~18:00)
交通/(バス)那覇バスターミナル(旭橋駅)から沖縄バス与勝線(52番)で約1時間30分、「勝連城跡前」下車すぐ、(車)沖縄自動車道沖縄北ICから約30分


5つのグスクを回ってみると、どこも高台に位置し、海を一望する気持ちのよい場所にあります。もちろん城ですから、軍事上の要所となる地に建てられているとは思うのですが、グスクは単なる軍事拠点というだけではないのだと強く感じられました。沖縄には、海のかなたに「ニライカナイ」という神々の国があると信じられてきた信仰が残っています。神様のいる海を眺め、心地よい風が吹くグスクの場所は、信仰の場所でもあったのです。城内には拝所が数多く見られることからも、グスクが当時の人々の精神の拠りどころであることがうかがえます。(ただし、要塞として建てられた座喜味城には拝所跡がないそうです。)
ぜひ信仰の場でもあった沖縄のグスクを訪ねてみてください。

 

■日本・2000年登録・文化遺産
■琉球王国のグスク及び関連遺産群
Gusuku Sites and Related Properties of the Kingdom of Ryukyu

 

(文・山本 厚子)