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 世界遺産への旅Vol.12 長崎の教会群とキリスト教関連遺産(暫定リスト)

今回は、来年(2016年)の世界遺産登録を目指す「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」をご紹介します。

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外国人神父の設計により、1864年に建てられた大浦天主堂


2007年にユネスコの世界遺産暫定リストに登録され、2015年1月、政府からユネスコの世界遺産センターに正式に推薦書が提出されました。9月末から10月頭にかけて、ユネスコの諮問機関「イコモス」の現地調査も実施されていたようです。2016年、トルコ・イスタンブールで開催される第40回世界遺産委員会で登録の是非が審議されます。

 

●キリスト教の伝来が独自の信仰や文化を形成

大航海時代、南蛮船とともにキリスト教が伝来しました。みなさんもよくご存知のフランシスコ・ザビエルが日本にやってきたのが1549年です。ザビエルはじめ、イエズス会の多くの宣教師の布教活動によって九州を中心にキリスト教が広まりました。

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島原半島にあるキリシタン大名となった有馬晴信の居城・日野江城跡。有馬氏の保護のもと、キリシタン文化が栄え、城にも宣教師が訪れた。発掘調査が行われ、二ノ丸の階段遺構などが見学できる

 

 

しかし、豊臣秀吉の伴天連(ばてれん)追放令や江戸幕府の禁教令により、キリスト教徒は迫害されてゆきます。天草四郎が率いた「島原の乱」の後、弾圧は激化。人々は山間部や離島など長崎の周辺部に移り、表向きは仏教徒を装いながら、先祖代々、独自の信仰や文化を受け継いでいきました。この潜伏の期間は250年以上にも及びます。

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 1637年の島原の乱の舞台となった原城跡。石垣の遺構が残るほか、天草四郎像や墓碑も見られる

 

江戸幕府が終焉を迎え、1873年、明治政府は禁教令を撤廃。復活したキリスト教徒たちは、信仰を守り続けてきた集落に、信仰の証として次々に教会堂を建てました。長崎の山あいや高台、入り江などに立つ教会堂は独自の景観を生み出しています。

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五島列島北部にある頭ヶ島(かしらがしま)。無人島であったが、
江戸時代末期、潜伏キリシタンが移り住み、
集落を形成した。
「頭ヶ島天主堂」はキリスト教が解禁されてから、信徒たちにより建てられた。
頭ヶ島の海岸部で産出される砂岩を組んだ外観や列柱をもたない内部が特徴となっている

 

「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」は14の構成資産により、キリスト教の伝播からどのように受容され、禁教下で継承され、さらには復活と遂げたかという歴史プロセスを示したものとなっています。

 

●長崎の教会群とキリスト教関連遺産の構成資産は?

長崎を中心に2県8市町にまたがる14の資産により構成されています。
・大浦天主堂と関連施設(長崎市)
・出津(しつ)教会堂と関連施設(長崎市)
・大野教会堂(長崎市)
・黒島天主堂(佐世保市)
・平戸の聖地と集落(春日集落と安満岳)(平戸市)
・平戸の聖地と集落(中江ノ島)(平戸市)
・田平天主堂(平戸市)
・旧五輪教会堂(五島市)
・江上天主堂(五島市)
・日野江城跡(南島原市)
・原城跡(南島原市)
・野崎島の野首・舟森集落跡(小値賀町)
・頭ヶ島天主堂(新上五島町)
・天草の﨑津集落(熊本県天草市)

教会は大切な祈りの場であって観光施設ではありません。マナーを守って見学したいものです。
また、大浦天主堂を除く教会堂の見学には事前連絡が必要となっています。
訪問する前には申し込みを忘れずに!
詳しくはこちらへ
長崎の教会群インフォメーションセンター
http://kyoukaigun.jp/

 

 

(文・山本厚子)