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 出雲街道を訪ねて その1【新庄宿】
 出雲といえば縁結び旅の王道スポット。女子には特に人気の場所ですが、では出雲街道ってご存知ですか?
 出雲とどこかを結ぶ街道?ということは想像がつくと思いますが、特に関東エリアの方にはあまり知られていませんよね。私も取材で「出雲街道」をキーワードに旅をするまではよく知りませんでした。しかし数年前にその一部分を訪ね、魅力的かつ個性的な宿場町たちを知ってしまった今、ぜひじっくりと歩いてみたい街道のひとつになっています。今回はその中から、新庄宿をご紹介します。
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美しい山里の風景が残る新庄宿(写真提供:新庄村役場)

●出雲街道ってどんな道?
 出雲街道とは、姫路・青山(姫路城の近く)と松江城三の丸を結んだ全長53里(約212Km)の道です。その歴史は古く、出雲国と都を結ぶ官道20150224izumokaido31.jpgとして国司や国造たちの往来に使われたのが始まりとされています。中世には後鳥羽上皇や後醍醐天皇の隠岐島への配流の道として、江戸時代には諸藩の参勤交代に、そして庶民においては出雲大社参拝の道として使われました。また出雲の阿国の上洛時やラフカディオ・ハーンが松江に赴任する際にも、この道を歩いたといいます。人のみならず山陰と山陽を結ぶこの道は、たたら鉄や境港・宍道湖の水産物、そして木綿や朝鮮人参など、さまざまな文物が運ばれていきました。
 そのルートは、姫路・飾西宿・觜崎宿・千本宿・三日月宿・佐用宿(以上、播磨国)、土居宿・勝間田宿・津山宿・坪井宿・久世宿・高田(勝山)宿・美甘宿・新庄宿(以上、美作国)、板井原宿・根尾宿・二部宿・溝口宿・米子宿(以上、伯耆国)、安来宿・出雲江宿・松江城三の丸(以上、出雲国)で、さらに宍道湖南岸を通って(あるいは船で)出雲大社へとつながっています。ちなみに信仰の道としては、出雲大社や美保神社を詣でるのが西参り、反対に伊勢神宮や熊野、善光寺を詣でるのが東参りと呼び、実際に津山宿には「右・信州善光寺百五十五里」と書かれた道標も残っています。昔の人って本当に健脚ですよね。
 さて私の旅は、出雲街道というからにはやはり出雲大社をお参りしてから訪ねたいと思い、出雲側からスタートしました。(写真は津山で見かけた出雲街道の宿場名を記したモニュメント)

●昔話に出てきそうな新庄宿
 今回は出雲街道の中でも穴場的な宿場町をご紹介したいので、松江や安来、米子などメジャーな町はスルーいたしまして、岡山県西北端の新庄村にある新庄宿へ。鳥取県との県境に位置する出雲街道最大の難所・四十曲峠(東の箱根、西の四十曲といわれるほど)のふもとにある宿場町で、参勤交代の時には松江藩などの大名が宿泊し、おおいに賑わったといいます。

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 私が訪れたのは3月初旬だったのですが大雪に見舞われて、シンシンと降る雪の中の
町は時が止まってしまったかのような静けさでした。村の中心を通る街道沿いには
脇本陣などの旧家が並び、何とも言えない風情があります。

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  脇本陣の木代邸。幕末の建築で、三列六間取りの大きな屋敷です。
入り口の柱には馬をつなぐための環が残っていたり、トイレにはいまだに刀掛けがあるそう。
(雪のためか中に入れなかったので、お写真をお借りしました。写真提供:新庄村役場)


 街道の両脇は、日露戦争の戦勝記念に植えられた137本の「がいせん桜」並木になっています。4月中旬には桜まつりも行われます。今年で109歳を迎える長寿のソメイヨシノが家並みをより一層美しく彩り、それは見事!様々な露店が並び、郷土芸能なども披露されます。
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雪景色も良いですが、桜の咲く頃はこれまたキレイなんです(写真提供:新庄村役場)

 さて、新庄宿から山あいへと出雲街道を辿ると後鳥羽公園があります。1221年に承久の乱で倒幕に破れた後鳥羽上皇は、この道を通って隠岐島へと配流され、無念のまま隠岐島で亡くなりました。そしてその110年後には、やはり倒幕の企てに失敗した後醍醐天皇が、この出雲街道と通って隠岐島へと配流されました。しかし後醍醐天皇はその後隠岐を脱して、建武の親政を成し遂げています。お二人の通られた旧跡をぜひ訪ねたかったのですが、大雪でたどり着けず...。このあたりの歴史がお好きな方はぜひ、雪でない時に訪ねてみてください。
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(左)いにしえ人に想いを馳せるにぴったりのこんな道が残されています。
雪じゃ到底たどり着けそうもないことが、ご想像いただけると思います(笑)

(右)和歌の名手でもあった後鳥羽上皇。この地で「みやこ人 たれふみそめて 
かよひけん むかしの道の なつかしきかな」と、都への想いを込めた歌を詠みました。
その歌碑などが建てられています。(写真提供:新庄村役場)


 村の特産品のひとつに、強い甘味と粘りが特長の「ヒメノモチ」という餅米があります。夏の朝晩の温度差やブナ林に湧き出た清流、有機堆肥に恵まれた土壌が、おいしい餅米の生産に適しているのだそうです。街道と平行する国道沿いにある「道の駅 メルヘンの里新庄」ではお土産としてヒメノモチで作られたお餅が販売されているほか、食事処「夢ひめ」では柔らかなお餅を堪能できる「牛餅丼」などもいただけます。
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これぞ餅の中の餅!と言いたくなる、きめの細かい喉越しの良いお餅です。
餅つきイベントなども行われているようです。見て!この延びの良さ!
(写真提供:新庄村役場)


 また新庄村は「日本で最も美しい村」連合に加盟しており、街道の風情だけでなく郷愁を誘う美しい山村風景が残されています。村の91%を山林が占め、「水源の森百選」に選ばれている毛無山の豊かなブナ林は、清らかな水源となり旭川へと注ぐ豊富な水を育んでいます。そのブナ林と春に咲くカタクリの花の香りは「環境省選定 日本のかおり風景百選」に、さらに街道の両脇に流れる小川のせせらぎは「日本の音風景百選」にも選ばれています。3つの百選を誇る豊かな山水の恵み...すばらしいですよね。
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美しさと懐かしさにキュンとなる風景が、新庄村にはありました(写真提供:新庄村役場)

 明治5年の村制施行以来、一度の合併も経験せず「小さくてもきらりと光るムラづくり」がモットーと聞くと、ますます応援したくなってしまいます。ぜひ次は気候の良い時期に伺いたいと思っています。
 次回は津山宿をご紹介します。

(記事作成/多田みのり)*2009年取材時の情報を元に作成