トコトコ東北 by 川崎久子

列車で行くVol.7 三重・鳥羽市神島の夏

20年ごとに執り行われる伊勢神宮の遷宮を10月に控え、例年以上ににぎわいを見せる三重県伊勢。遷宮に合わせてお伊勢参りへ行こうと計画を立てている方も多いのではないかと思います。折角伊勢まで行くのですから、お参りの後にちょっと足を延ばして周辺観光もぜひ!ということで、私・川崎がおすすめするのは、「神島・潮騒さんぽ」です。

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鳥羽の沖には答志島・菅島・坂手島、そして神島の4つの有人島が浮かんでいます。なかでも最も遠くに位置する神島は、作家・三島由紀夫の小説『潮騒』の舞台。主人公の若き漁師・新治と海女の初江が、周囲の妨害に合いながらも愛を実らせる姿が、島の厳しくも美しい自然とともに描かれています。かつて何度も映画化され、吉永小百合さんや山口百恵さんがヒロインを演じ、島で撮影もされました。もちろん三島由紀夫自身も、小説が発行される1年前の1953年に取材でこの地を訪れています。

三島ファンとして"聖地巡礼"は、長年温めていたプランです。

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神島へのアクセスは市営定期船のみ。鳥羽駅から歩くこと約5分のところにある佐田浜港・鳥羽マリンターミナルから船は出航します。鳥羽特産の真珠のネックレスをイメージして造られた流線型の外観を持つターミナルは、2011年に建てられました。海に点在する島々を望めるデッキもあるので、定期船に乗らずとも眺めを楽しむことができます。

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佐田浜港から神島までは4月〜10月にかけては午前2便、午後3便定期船が出ています。1045分出航の高速船に乗船すれば、およそ40分の小さな船旅。神島の静かな港に到着します。 

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 さて、この神島。非常に小さな島で周囲は約4kmしかなく、2時間ほどで一周できてしまいます。人口は約440人。島全体が山になっているため、平地はほとんどなく、港の周辺に広がる集落は、頂上に向かう斜面に家々が階段状に連なっているという塩梅です。

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早速、鳥羽市の観光課が発行している神島の地図を手に、港を起点に時計回りに島の散策へ出発。山を従えて立つ鳥居。

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214段続く苔むした階段の途中で振り返ると、木立の向こうに港や青々とした海がちらりと見えます。

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ここは三島が小説の中でも『眺めのもっとも美しい場所』として紹介した八代神社。祠では海の神様である綿津見命を祀っています。

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日輪に見立てた直径2mの輪を、竹で刺して持ち上げ、落すという元旦の未明に行なわれる「ゲーター祭り」では、神社にこの輪が祀られます。

神社の裏に続く鬱蒼とした森の中の遊歩道をさらに進むと、視界が開け、海を眺がめながら歩ける気持ちのいい小路になります。

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ゆるやかなカーブを曲がると「潮騒」の作中で『眺めのもっとも美しいもうひとつの場所』といわれた神島灯台が目の前の丘の上に。海の難所といわれた伊良湖水道を守る灯台は、「恋人の聖地」にも選ばれています。

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灯台の前の広場からは、輝く海の上をすべるように行き交う船を一枚の絵画を観るように眺められ、確かにロマンチックな風景でした。

灯台からまた山中の道へと分け入ると「潮騒」の最も有名なシーンを生み出した監的哨跡に至ります。この監的哨跡、戦時中に試射弾の着弾点を確認するために建てられた建物。

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作中では、薪等をしまう倉庫として利用されています。二人が誓いを建てた場所は昭和4年建造のため、かなり老朽化が進んでいました。一時立ち入りが禁止されていましたが、周囲の保存運動もあり、この4月に耐震工事が完了。改めて潮騒公園として整備されました。断崖絶壁の上に立つ監的哨は絶好のビュースポット。

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新治と初江が炎を越えて愛を確かめあったのは嵐吹きすさぶ折でしたが、この日はまばゆい夏の日差しを受けて、凪いだ海がどこまでも広がっていました。

 

ところで、観光課の地図には「寺田さん宅」のマーキングがあります。1953年に三島由紀夫が神島を取材した際、お世話になってお宅がこちらです。一般のお宅なので、通常開かれてはいませんが、お世話になった宿のご主人の仲介で寺田こまつさんにお話を伺うことができました。三島が取材に訪れた当時、こまつさんは寺田家にお嫁にきたばかりだったそう。こまつさんの義父・寺田宗一さんは当時神島漁業組合の組合長をしており、その縁で三島が滞在する家に選ばれました。三島は1ヵ月間の滞在期間中、寺田家の2階の部屋で寝泊まりしていました。当初食事もその部屋に用意しようとしたのですが、みんなと一緒がいいという三島の言葉で、家族とともにお膳を囲んだそうです。三島は毎日精力的に取材をし、胸ポケットに入れたメモ帳に事ある毎にメモをとっていました。裸足で浜へ出かけていた三島が砂だらけの足のまま家に上がろうとしたところを、こまつさんの義母がしかった......、なんてこともあったそう。当時まだ28歳の若者ですから、そんなお茶目なエピソードも残っています。こまつさんは、三島と寺田さん父子が写っている写真や、三島がサインした「潮騒」の本も見せてくれました。

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たった1ヵ月ではありましたが、本当の家族の様に過ごし、島の生活に溶け込んでいた三島の姿がそこにはありました。

 神島の時間は、実にゆっくりと流れています。午前中に入れば、日帰りでも見どころは見つくしてしまうほど小さな島なので、日帰りで訪れることも可能です。でも、時間が許すのなら島で1泊して、「潮騒」を読みながら島の空気のいっぱいに吸い込むのがおすすめです。

(取材・執筆 川崎 久子)

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